婚約解消を強く勧めたくなるマリッジブルーがあるけど…。

荘司 雅彦

結婚式直前になって「結婚が嫌になり、うつ状態のような気持ち」になることを一般にマリッジブルーと呼んでいます。

これは男性にも女性にもあることです。もっとも、昨今は結婚式の前に婚姻届を出すカップルも多いので、結婚式を基準にすべきではない場合も多いのかもしれません。

私が今まで扱ってきた離婚事件や離婚相談から考えると、このマリッジブルーには大きく分けて二種類のものがあると感じました。

一つは、相手と結婚することで他の人と結婚するチャンスを永遠に失ってしまうことに対する後悔です。それまでの人生で複数の異性と付き合ってきた人たちには、多かれ少なかれ当てはまります。複数の異性からプロポーズされていたという極端なケースだと、「捨てた選択肢」がもったいなく思えて後悔します。

法律相談ではありませんが、私が若かりし頃、当時相当年長者だった男性が「結婚式は何も嬉しくなかった。これをさかいに、他の女性と遊べなくなるんだから」と言っていたのは、その典型です。

もう一つはかなり深刻で、婚約を済ませた途端に相手の態度がガラリと変わってしまうようなケースです。暴力までは振るわないものの、横柄になったり支配しようとしたり…このように変身するのは、どちらかというと男性の方が多いようです。相手がガラリと変わらないまでも、「なんだかこの人とは合わないなあ」と直感的に感じている場合も同じです。

相手の態度や人柄が生理的に受け付けないほどひどいものであれば、私は婚約の破棄をお勧めします。
生理的な嫌悪感は、結婚して一緒に暮らすようになれば増大こそすれ(慣れて)気にならなくなるということは、まずないからです。離婚の相談に来る人の中には、結婚前から相手に対して嫌悪感を抱いていたと話す人が想像以上にたくさんいました。

「仕事が落ち着けば変わってくれる」「子供ができたら変わってくれる」という思いは、多くの場合ことごとく打ち砕かれてしまいます。特に女性の陳述書(離婚裁判の時に裁判所に提出するもの)の半分から3分の1くらいには、「…になれば変わってくれると思って我慢した」という記述がありました(あくまで私の経験の範囲内ですが)。

それでも結婚してしまうのは、とりわけ女性とって大きな理由があるようです。「ウエディングドレスを着てみんなに祝福されたい」「新婚旅行でハワイに生きたい」という大イベントに憧れてしまうのです。

だから、大イベントが終わってしまうと「祭りのあとの寂しさ」だけが残って、離婚を考えるようになるのです。成田離婚はその典型例なのかもしれません。

では、どうやってこのような悲劇を防止すればいいのでしょう?

前者の「捨てた選択肢に対する後悔」は、一人と結婚する以上どうしようもありません。後者の大イベントのために生理的嫌悪感を我慢するという事態を防止するには、イベントにお金をかけないことが一番だと私は考えています。

ホテルや結婚式場の営業妨害になるようで恐縮ですが、お金をかけなくても素敵な教会で友人たちに祝福されて式を挙げ、レストランを借り切ってパーティをやるくらいはできるでしょう。新婚旅行も普通の旅行感覚で行けばさほどお金はかかりません。

日本では、とかく冠婚葬祭にはお金がかかるという社会システムが従来から確立されています。「おめでたいこと」や「悲しいこと」にお金を出し惜しんではいけないという風潮があったからです。正月にパチンコ店が釘を締めて出玉を減らしても「まあ、めでたい正月だから」ということで済まされたそうです(今は知りませんが)。

イベントに何百万や(場合によっては)千万単位の大金を投入してしまうと、お金を出してくれた両親の手前、なかなか後戻りができません。そうこうして年齢を重ねてしまうと、再出発のチャンスはどんどん小さくなるのです。「やり直したかった」という後悔を懐きながら人生を終えるより、「やり直したけど失敗した」という後悔の方がはるかにいいと私は思っています。自分の心に正直に従った結果ですから。

昨今は「ジミ婚」が増えているそうで、個人的には喜ばしいことだと思っています。「家と家のつながりという観念が薄れたこと」「親世代の資力が減ったこと」「親戚関係が希薄になったこと」などなどの理由があるのでしょうが、当事者の再出発が容易になるというとても大きなメリットがあると思っています。

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荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年5月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。