6月15日にトランプ大統領はキューバとの商取引と渡航の規制を強化する政策を発表した。オバマ前大統領とラウル・カストロ評議会議長が2014年12月に国交正常化に向かうと発表してから凡そ30カ月後の今回の米国外交政策の変更である。
国交の樹立は維持され、国交再開後に確立されたフライト定期便やクルーズ船の運航は今後も支障なく維持されるとした。
規制強化の具体化として、キューバの商業を支配するキューバ軍によって運営された組織との取引を禁止したのである。また、渡航についてもオバマ前大統領は完全に規制を全廃したのではないが、これまで自由に個人旅行が楽しめたことが出来るようにしていた。しかし、今後は12の項目を設けて文化面や教育面における交流を基本としての旅行を許可するとしたのである。気軽に自由に渡航できることが今後できなくなるということである。
キューバ軍によって運営されている企業組織とはGAESA(Grupo de Administracion de Empresas, S.A.)と呼ばれ、50社以上存在している。この企業組織がキューバの商業市場の凡そ60%を支配しているというのである。GAESAの最高経営者はラウル・カストロ評議会議長の娘婿ルイス・アルベルト・ロドリゲス将軍である。
フィデル・カストロが評議会議長の頃はGAESAの存在は目立つほどのものではなかったという。しかし、フィデルの弟のラウル・カストロが評議会議長に就いてからGAESAがキューバ市場を牛耳るようになったのである。(elperiodico.com)
GAESAが介入している事業はホテル、旅行代理店、レンタカー、商社、外貨ベースのスーパーマーケットと一般小売業、建設、不動産、貿易自由区、港湾、通関、運輸といった分野を支配し、キューバと取引する外国の企業もGAESA傘下の企業と必然的に取引をせざるを得なくなるのである。
例えば、ホテル事業ではGaviotaという企業グループを傘下に持っており、83軒のホテルを所有し、その部屋数は29000室を備えているという。その中には世界の著名ホテルも経営を任されている。その数は14社。その内の1社の米国Marriottも進出して首都のハバナでFour Points というホテル名でGaviotaが持ち主のホテルを経営している。(bbc.com)
既に契約を履行している場合は別として、今後はホテル事業の展開において米国企業はGaviotaとの事業契約が一切出来なくなるのである。
昨年キューバを訪問した観光者は400万人。その内の米国からの訪問者は凡そ28万人。今年5か月で既にこの記録を破り、30万人が訪問しているという。(bbc.com)
これから更に米国からの旅行者が増加する勢いであるにも拘らず、トランプ大統領によって決められた政策の影響で米国のホテル企業のキューバ進出に障害が発生する可能性がある。しかも、旅行者がキューバを自由に旅行できなくなるということへの干渉は、キューバ経済そして米国の観光業を潤す要素をもぎ取ってしまうことになる。
米国のキューバ移民が本国の家族らへの送金でWestern Unionを利用すると、それをキューバで入金するのはVaCubaという企業で、これもGAESA傘下の企業なのである。(bbc.com)
オバマとラウル・カストロの国交正常化の合意で、マイアミから僅か200㎞離れたキューバと米国の企業家やキューバ出身で米国で事業を展開している企業家はキューバとの事業展開に高い関心を寄せている。勿論、官僚制度に支配されたキューバで事業の具体化には時間がかかるのは当然のことを見られている。しかし、キューバ政府は米国からの投資を容易にするためにキューバの企業とのジョイントベンチャーは必要なく、米国企業の単独での進出も果たせるように法改正を行った。
しかし、現実にはGAESAの存在を無視しての事業展開は非常に難しいというのが現状であるという。
トランプ大統領は今回発表した政策で、米国企業がGAESAの傘下企業と取引することを禁止した。GAESAと取引すれば、ラウル・カストロのファミリーと軍部を裕福にさせるばかりで、民主政党が誕生して民主政治が行われることは期待できないという考えをトランプ政権はもっているのである。
一方のオバマ大統領はキューバのGAESAとの取引を規制するよりも、寧ろ、それを利用して米国により多くの利益をもたらすことを考えていたようである。
トランプ大統領の今回のキューバとの取引を後退させる政策で、昨年のGDPマイナス0.9%で終わっていたキューバ経済はさらに落ち込むことが専門家の間で予想されている。(diariodecuba.com)
ベネズエラ経済に支えられて成長していたキューバ経済である。同国からの安価な原油の入手も大幅に減少し、キューバ経済伸展の足を引っ張っている。
キューバは共産主義で官僚政治の影響で物を作るという概念に乏しく農業や工業を発展させる努力をして来なかった。その影響で80%の食料を輸入に仰ぐという体質になっている。その為、常に輸入超過の国である。
原油不足は深刻で、ベネズエラに代わってキューバが最近からその輸入を仰いだのがロシアである。折りしも、プーチン大統領はキューバにロシア軍基地を新たに設けることを望んでいる。今回のトランプのキューバと距離を置こうとする政策は逆にロシアをキューバにさらに接近させる要因になる可能性がある。(cibercuba.com)
EUと中国もさらにキューバとの絆を強める動きをしている。
米国がキューバを孤立させるのではなく、逆に今回のトランプ大統領の対キューバ外交政策は、米国をラテンアメリカから更に遠ざける要因になる可能性がある。
—
白石 和幸(しらいし かずゆき)
貿易コンサルタント
1951年生まれ、広島市出身。スペイン・バレンシア在住40年。商社設立を経て貿易コンサルタントに転身。国際政治外交研究や在バルセロナ日本国総領事館のバレンシアでの業務サポートも手掛ける。著書に『1万キロ離れて観た日本』(文芸社)