北のテコンドー外交とその担い手

長谷川 良

ラップトップを開くと、グーグルのサイトが出てきた。武道着を着た男性が足を挙げたり、けったりしている動画が出てきた。今日は「空手の日」だったかな、と一瞬思ったが、「世界テコンドー大会」という説明が付いていた。「世界テコンドー連盟」(WTF)主催の「世界テコンドー大会」が24日、韓国中部の全羅北道茂朱で開催されたのだ。

▲北朝鮮IOC委員の張雄氏(2003年6月、ウィーンITF本部にて撮影)

▲北朝鮮IOC委員の張雄氏(2003年6月、ウィーンITF本部にて撮影)

WTFによると、183カ国・地域から選手969人と役員ら796人が参加する。同時に、北朝鮮の「国際テコンドー連盟」(ITF)の演武団(36人構成)が10年ぶりに訪韓し、来月1日までWTF演武団と計4回の公演を予定しているという。

北演武団には、国際オリンッピク委員会(IOC)メンバーで、ITF名誉総裁の張雄(チャン・ウン)氏、2015年8月ブルガリアで開催されたITF総会でITFトップに就任した李勇鮮(リ・ヨンソン)総裁らも顔を見せ、大会を盛り上げている。

南北テコンドーが一堂に会した今回のイベントの意義を理解するために、テコンドーの歴史を少し復習する。朝鮮半島が南北に分裂したように、テコンドーも韓国主導のWTFと北主導のITFに二分してきた。

ITFはその後、三分裂した。ITFは1966年、崔泓熙(チェ・ホンヒ)氏が創設したが、同氏が2002年に死去すると、同総裁の息子・重華(ジョンファ)氏を中心としたITF、ITF副総裁だったトラン・トリュ・クァン氏が旗揚げしたITF、そして張雄総裁を中心とした現ITFの3グループに分裂した。それぞれが「わがテコンドーこそ崔泓熙氏が創設したITFだ」と主張し、本家争いをしてきた経緯がある。ただし、加盟国、会員数では、ITF3グループを合わせてもWTFには及ばない(南北テコンドーの再統一成るか」2015年8月23日参考)。

ところで、張雄名誉総裁は南北に分裂したテコンドーの再統一に努力してきた中心的人物だ。創設者・崔泓熙氏の死後、13年間総裁を務め、韓国主導のWTFとの連携に力を注いできたことはこのコラムでも何度か紹介した。

当方は過去、張氏に数回インタビューしたが、質問前には必ず、「政治的質問はしないでほしい。質問はスポーツ関連に限る」と注文を付ける。政治問題には沈黙を守る。それが張氏の北で生き延びていく道だからだ。
(張氏は1938年7月、平壌に生まれている。平壌外国語大卒、1996年7月からIOC委員を務めている。98年4月から体育省第一副相、朝鮮オリンピック委員会副委員長。2002年9月からITF総裁に就いている。若い時、北朝鮮の代表的バスケットボール選手として活躍した)。

張氏は心臓病を患っているが、南北テコンドーの統一問題になると必ず顔を出す。健康的にはかなり無理しているのかもしれないが、「南北テコンドーの再統一」は自分のライフワークだ、という気概がまだあるのだろう。

朝鮮半島の政情は、「米学生の死」以来、これまで以上に緊張を高めてきている。それだけに、韓国で南北テコンドーの合同演武会が開催されることは緊張緩和という観点からいえば、非常に意義があるが、注意も必要だろう。

金正恩労働党委員長は、北との対話チャンネルを模索する文在寅大統領に甘い誘いをかける機会を狙っているだろう。張雄氏は3代続く金独裁政権の忠実なスポーツ外交官だ。同氏はその金正恩氏から“テコンドー外交”の使命を受けているわけだ。

なお、個人的には、張氏が国内の政情に関して自身の意見を言わない限り、北は依然、テコンドーを含む全てのスポーツを享受できる国家とはなっていない、と考えている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。