「日本には憲法9条があるから攻撃されなかった」とする憲法学者や政治家がいる。しかし、韓国は竹島を占拠し、中国は尖閣諸島の実効支配のチャンスをうかがっている。「スイスのような永世中立は素晴らしい」と主張する人もいる。しかし、スイスの永世中立の意味は「どこにも与しない」という意味であって「武力を持たない」ことではない。
スイスは、19歳~34歳の男性全員に兵役を課す「国民皆兵制」で、人口約830万人に対して予備役兵21万人もの精強な軍隊を持つ世界有数の軍事大国である。あらゆる建物の地下には核シェルターがあり、徴兵期間を終えた国民には自動小銃が貸与される。あのアドルフ・ヒトラーですら、スイスだけは攻め込まなかった。
第二次世界大戦中も「武装中立路線」を貫いた。スイスの永世中立は戦う事によって勝ち取ったものである。しかし、日本人は世界の現実から目を背けるように、安易に平和を語ってしまう。国会では改憲勢力が両院で2/3を占めているなかで、安倍首相が具体的なロードマップを引くことは自然な流れともいえよう。
今回は、米国人弁護士であり、タレントとして活動をする、ケント・ギルバート氏(以下、ケント氏)の近著『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』 (角川新書) を紹介したい。日本の歴史と政情に精通した米国人弁護士が、日本国憲法の出生秘話や世界の憲法事情を踏まえて改憲論争の核心に迫っている。
天皇大権は明示されなかった
――まずは、ポツダム宣言にいたるまでの流れを整理してみよう。
「8月6日、広島に原爆が投下されました。その2日後にソ連が対日宣戦布告を行い、9日には長崎に原爆が投下されます。日本政府はようやく10日付で、『天皇の国家統治の大権を変更する要求を包含し居おらざることの了解の下に帝国政府は右宣言を受諾する』と回答しました。バーンズ国務長官は次のように回答します。」(ケント氏)
「『降伏の瞬間から、天皇および日本政府の国家統治の権限は連合国軍最高司令官の制限の下に置かれる』『日本国の最終的な政治形態は、ポツダム宣言に従って、日本国民の自由に表明される意思により決定される』と回答します。」(同)
――ケント氏の研究によれば、この時点のバーンズ回答でも、「天皇大権を守る(国体護持)」とは明示されなかっとのことだ。
「天皇大権というのは、議会の協力なしに天皇が行使できる権利のことです。条約の締結、緊急勅令や戒厳令を公布したり、天皇が軍隊を指揮監督する最高指揮権を有していること。日本政府が連合国に出した唯一の降伏条件は、厳密にいえば、この天皇大権を維持することでした。」(ケント氏)
――併せて問題になったのは「subject to」の訳し方になる。外務省では「制限の下」と翻訳したのに対して、軍部は「隷属する」と解釈し議論は紛糾する。
「実は正解は後者です。しかし、それだと憲法改正を行ったときの日本の主権者は天皇や国民ではなく、GHQやマッカーサー元帥だったことになるので、戦後は前者であったかのように理解されました。そこで天皇が御前会議を召集され、昭和天皇の御聖断によりポツダム宣言の受諾が確認されたのです。」(ケント氏)
「日本政府は皇室の存続について、何の約束も言質もとれていなかったのです。日本政府としては、国体護持以外の占領政策については大幅に譲歩し、それと引き換えにどんな形であれ皇室の存続を図ることが最重要課題となっていきました。」(同)
マッカーサーをどのように評価すべきか
――本来のマッカーサーの立場は、アメリカ陸軍の一将官として、下された命令に従う立場であって、特別な存在だったわけではない。ところが、統合参謀本部から出される命令は絶対であり服従する義務があった。
「それを可能にしたのが、トルーマン大統領からの『連合国軍最高司令官の権限に関するマッカーサーへの通達』(SWNCC181/2、1945年9月6日)です。『無条件降伏を基礎とするものであるから、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない』という白紙委任状を交付されたのです。」(ケント氏)
「占領後初の日米間のトラブルを、マッカーサーは独断で解決しています。降伏文書調印式の直後に、アメリカ軍がマッカーサーの名前で、日本政府の三権を停止して直接軍政をしき、英語を公用語にするなどの布告を出すという計画がありました。」(同)
――ケント氏によれば、調印式にいたるまでにいくつかの流れがあったようだ。
「調印式のその日に、『ポツダム宣言に違反するつもりなのか』と、重光葵外相がマッカーサーに会って猛抗議をすると、マッカーサーは即座に理解し、アメリカ軍の決定をあっさりと撤回しました。読者の中にはマッカーサー元帥にとても良いイメージだけを抱いていたり、嫌いな人もいると思います。」(ケント氏)
「彼は戦後の日本にとって非常に素晴らしいことと、逆なことの両方をやりました。ですから、無条件に賛美したり全否定したりするのではなく、個別の事柄を丁寧に検証したうえで是々非々で判断すべきかと思います。」(同)
安倍首相が具体的なロードマップを引いたことで、憲法改正は国民にとって最大の争点となっている。「自衛隊は必要だと思うが、憲法の条文からすれば憲法違反だ」「憲法9条を改正して軍隊を持つことには抵抗がある」。そのような人にこそ本書をお奨めしたい。
『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』 (角川新書)
尾藤克之
コラムニスト
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