日本のスポーツで最も人気があるのが野球である。最近はサッカーにおされ気味だがスポーツ人口は野球のほうが多い。そのなかでも、高校野球人気は際立っており扱いも別格だ。日本の公共放送(NHK)が予選から決勝まで全試合を放送する。アマチュアにも関わらずこのような扱いのスポーツは高校野球以外には存在しない。
今回は、『敗北を力に! 甲子園の敗者たち』(岩波書店)を紹介したい。著者、元永知宏/氏の略歴を簡単に紹介する。大学卒業後、“ぴあ”に入社。関わった書籍が「ミズノスポーツライター賞」優秀賞を受賞。その後、フォレスト出版、KADOKAWAで編集者として活動し、現在はスポーツライターとして活動をしている。
ある名門校の1年生ショートとは誰のことか
本書は、夏の甲子園で敗れた球児の「その後」を追っている。元永氏が取材をおこないまとめた。本記事では紹介されている8人のうち、杉谷拳士選手(北海道日本ハムファイターズ)を紹介したい。記事の写真(智辯和歌山戦、最終打席の杉谷選手)も併せてご覧いただきたい。高校野球フアンなら記憶がよみがえる人もいるだろう。
杉谷拳士選手(以下、杉谷選手)は帝京高校の1年時にショートとして、甲子園に出場(通算3回出場)した経験をもつ。入学してすぐに、名将として知られる前田三夫監督に見いだされる。杉谷選手は技術ではなく、気持ちの部分を評価してもらったと答えている。自らの取り柄は「勝ち気なところ」であると。
帝京はそれまでの4シーズン、甲子園から遠ざかっていた。そのときの3年生は、下級生のころからレギュラーで活躍した人が多く、「今度がラストチャンスだ」という声が飛び交っていた。杉谷選手は最初の夏にも関わらず、思い切りのいいプレイが認められて、夏の東東京大会には背番号6(ショート)を与えられる。
帝京は東東京大会を勝ち進み甲子園出場を手にする。この年の選手層はかなり厚く、関係者の間では「今年は全国制覇ができる」との期待がかかっていた。実際に下馬評も高く優勝候補にも名前が挙げられていた。2回戦の如水館(広島)は10対2で圧勝するが、3回戦の福岡工大城東(福岡)には接戦の末、5対4で薄氷の勝利を手にする。
「甲子園の魔物が2度笑った試合」とは
準々決勝で運命の智辯和歌山高校戦を迎える。序盤から乱打戦になり、8回が終わった時点で4対8で智辯和歌山がリード。ところが帝京は9回ツーアウトから8点をいれて12対8と大逆転をする。しかしピッチャーを使い果たしていた。智辯和歌山は9回裏に怒涛の攻撃をおこない最後は押し出しで逆転サヨナラ。帝京は12対13で惜敗する。
この試合は「甲子園の魔物が2度笑った試合」として知られている。試合は、YouTubeなどにUPされているのでいまでも視聴可能だ。智辯和歌山の大逆転を紹介するものが多いが、この試合は9回の攻防すべてを見なければ語れない。帝京は4点差を守れなかった。前田監督の采配ミスだとする批判があったがそれは明らかに間違いである。
勝負師、前田監督は叡智の全てを注ぎ込み、ピッチャーがいなくなることを覚悟のうえで代打を出し9回表に大逆転をした。帝京が9回表の攻撃を諦めなかったように、智辯和歌山の高嶋監督も9回裏の攻撃に叡智の全てを注ぎ込み、大逆転勝利をおさめた。甲子園の勝負師同士の見ごたえのある試合だったと記憶している。
今年、杉谷選手は、プロ9年目の今シーズンを迎えていた。背番号は2。かつてファイターズの主力選手として活躍した、小笠原道大選手の番号を2016年からつけている。杉谷選手が背番号6で甲子園に出場してから11年が経った。もがき苦しみながら、前を向いて戦っている杉谷選手はいま正念場を迎えている。
「甲子園の魔物」とはいったい何者なのか
「甲子園の魔物」の何割かは観客が握っていると言われる。魔物は、ホームラン、エラー、考えられない大逆転劇を引き起こすとんでもない“魔力”を秘めている。さらに、技術的に成熟したプロ野球ではなかなか降臨してこない。高校野球では接戦になると降臨してくることが多い。この試合では9回の攻防の際に幾度となく出現した。
ベンチの選手は祈り、スタンドの観客も祈り応援団も祈る。TVの前にいる、学校関係者や同級生、父母や子供たちも祈り声援をおくる。ある瞬間に、これほどの多くの人が祈り声援をおくるアマチュアスポーツが他にあるだろうか。今年の甲子園は、8月7日に開幕するがどのようなドラマが見られるのか、非常に楽しみである。
本書の登場人物は、今回紹介した、杉谷選手をあわせて8人いる。彼らは入学したあと、どのようにしてレギュラーを獲得し甲子園出場を果たしたのか。甲子園ではどのような活躍をして注目されたのか。甲子園出場後にはどのような人生が待っていたのか。高校野球フアンならずとも興味のある内容ではないかと思う。
参考書籍
『敗北を力に! 甲子園の敗者たち』(岩波書店)
※本記事作成のため本書一部を引用し編纂した。
尾藤克之
コラムニスト
<第6回>アゴラ著者入門セミナーのご報告
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