東芝監査をめぐる混乱は、受任したPwCに重大な責任

郷原 信郎

会社と監査法人が対立したままの有報提出という「異常な結末」

8月10日、東芝は、2017年3月期の有価証券報告書を関東財務局に提出した。同報告書には、会計監査人のPwCあらた監査法人の監査報告書が添付され、そこには、17年3月期の財務諸表について「限定付き適正」、内部統制に関する監査には「不適正」とする監査人意見が、それぞれ表明されている。

4月11日に、2016年度第3四半期レビューについて、PwCが「意見不表明」として以来、東芝の2017年3月期の決算報告をめぐって、PwCと東芝執行部、それに、前任監査人の新日本監査法人(以下、「新日本」)まで巻き込んだ「泥沼の争い」が繰り広げられ、注目を集めてきたが、PwCは、「限定付き適正意見」で、一部とは言え「適正な決算ではない」との評価を押し通し、一方、東芝側は、それを受けても決算を全く修正せず、会社と会計監査人との意見が対立したまま有価証券報告書を提出するという異常な結末となった。

「原発子会社のウェスティングハウスエレクトロニクス(WEC)社がCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)社を買収したことによって最終的に生じた工事契約にかかる損失を、東芝が認識すべきだった時期」について、PwCは、2016年3月以前の段階であった可能性を指摘し、「意見不表明」のまま調査を継続してきた。PwCの指摘どおりだとすると、東芝の16年3月期決算は訂正が必要となる可能性がある。それに対して、東芝執行部は2017年3月末時点までは認識できなかったと主張し、16年3月まで会計監査人だった新日本も、16年3月期決算には問題はないとしてきた。

今回、有価証券報告書に添付した監査報告書で、PwCは、

工事損失引当金652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、2016年3月31日現在の連結貸借対照表の非継続事業流動負債に計上する必要があった

としているが、その根拠についての記述は、「工事原価の発生実績が将来の工事原価の見積もりに反映されていなかった」などの抽象的なもので、損失計上すべきであった時期も特定されず、金額も「相当程度ないしすべての金額」と曖昧な表現とにとどまっている。2016年3月以前の段階で損失を認識すべきだったとする根拠として十分なものであるのか疑問がある。

東芝が損失を隠ぺいした「疑い」を持って調査を行ったPwC

S&W社の買収によって生じた巨額損失でWECは法的整理に追い込まれ、東芝に、最終的には7,166億円もの損失が生じたことは客観的事実である。その買収自体が、WECの原発事業で大きな損失が生じていることを隠ぺいする目的だったのではないかとの指摘もある(【NBO 東芝、原発事業で陥った新たな泥沼】)。PwCが、東芝への「不信」を募らせ、東芝側が2016年3月末時点で損失を認識しながら隠ぺいしたのではないかと疑うのは致し方ない面がある。2016年3月期以前に損失が認識できたとの疑いをもって必要な調査を行うのは会計監査人としては当然だと言えよう。

しかし、結果的に、4ヶ月も「意見不表明」を続け、上場企業では前例のない事態で証券市場の混乱を生じさせたが、東芝の会計報告を具体的に是正させるだけの根拠を示すことはできなかったといえる。東芝が損失を認識していた、或いは、認識すべきだったとする具体的な「証拠」は発見できなかったが、監査報告書の意見は、「適正」ではなく「限定付き適正」とされた。

監査受任の段階でPwCは東芝を「信頼」できたのか

そのような異例の事態に至った最大の原因は、東芝が一連の会計不正に関して監査法人に対して行ってきた対応や、その後のWECの巨額損失の表面化の経緯等から、東芝とPwCとの間に、本来、顧客企業と会計監査人の監査法人との間に存在していることが不可欠の「最低限の信頼関係」すらなくなっていることであろう。

しかし、PwCが東芝の会計監査を受任した2016年3月末の時点で、「最低限の信頼関係」が作れる見込みはあったのか。PwCはなぜ東芝の会計監査を受任したのか。

その時点においても、東芝には、一連の会計不祥事に関して、監査法人に対して悪質な「隠ぺい」を行った疑いが指摘されていた。東芝は、会計不正の疑いが表面化したことを受け、「第三者委員会」を設置し、その報告書公表を受けて「責任調査委員会」を設置して歴代経営者への責任追及について検討したが、それらの一連の「第三者委員会スキーム」では、調査の対象は、原発関連ではなく、調査対象とされた事業の範囲も責任追及の範囲も極めて限定的で、当時の室町正志社長は、責任追及の調査の対象にすらされず、問題の幕引きが図られた。そして、2015年9月末の臨時株主総会では、社外取締役に財界のオールスターメンバーと法曹界の重鎮等を揃えた新体制が選任され、「東芝の再生に向けて万全の体制」がアピールされた。

しかし、その直後の2015年11月に日経ビジネスが、【スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽 内部資料で判明した米ウエスチングハウスの巨額減損】【スクープ 東芝 減損隠し 第三者委と謀議 室町社長にもメール】という二つの衝撃的なスクープを報じたことで、状況は激変した。

これらの記事から、WECが2012年度と2013年度に巨額の減損処理を行なった事実を東芝が公表せずに隠していたこと、第三者委員会発足前に、当時の田中久雄社長、室町正志会長(現社長)、法務部長(現執行役員)等の東芝執行部が、米国原発子会社の減損問題を委員会への調査委嘱事項から外すことを画策し、その東芝執行部の意向が、東芝の顧問法律事務所である森・濱田松本法律事務所から、第三者委員会の委員の松井秀樹弁護士に伝えられ、原発事業をめぐる問題が第三者委員会の調査対象から除外されたことが明らかになった。

また、東芝が、一連の会計不正を行っていた間に、会計監査人であった新日本に対して悪質な隠ぺい・虚偽説明を繰り返していたことは、第三者委員会報告書でも極めて不十分ながら指摘されていたが、2016年3月初めに発売された文芸春秋2016年4月号の【スクープ・東芝「不正謀議メール」を公開する】と題する記事では、東芝が、大手監査法人の子会社であるデロイト・トーマツ・コンサルティング(以下、「デロイト」)に「監査法人対策」の指導を依頼し、損失を隠ぺいした財務諸表を新日本が認めざるを得ないような「巧妙な説明」を行ってきたことが指摘された【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】。

このように、会計監査人の監査法人に対して不誠実極まりない対応を繰り返してきたことが相当程度明らかになっていた東芝の会計監査を、PwCは、敢えて受任したのである。しかも、受任する際には、その時点での東芝の財務諸表や内部統制に問題がないか、事前調査も行ったはずである。その段階で、東芝の監査法人への対応に問題があることに気づかなかったのであろうか。

新日本の立場

一方、PwCに東芝の会計監査を引き継いだ、それまでの会計監査人の新日本は、東芝側の虚偽の資料や説明で騙され、会計不正を見抜けなかったことで、金融庁から課徴金や一部業務停止などの厳しい行政処分を受け、東芝を担当していた複数の公認会計士が業務停止処分を受け、新日本を退職することを余儀なくされた。

新日本がそのような事態に至った最大の原因は、東芝の監査についての問題について、新日本の執行部が、「東芝との契約上の守秘義務」を強調し、独自の対社会的対応をほとんど行わなかったことにある。(【年明け早々から重大な危機に直面している新日本監査法人】)

そのような新日本の対応にも、新日本の顧問法律事務所が、東芝の顧問法律事務所であり、前記の「第三者委員会スキーム」にも関わったとされる森・濱田松本法律事務所と同じであったことが影響している可能性がある。

2016年3月末で会計監査人がPwCに交代することが決まっており、それまでさんざん東芝に騙されてきた新日本としては、その時点で、東芝にたいして、甘い監査で「お目こぼし」などする動機は全くなかった。2016年3月末の段階で、その前年末にS&Wを買収したことによる損失発生の可能性についても、徹底して厳しい目で監査を行ったはずだ。その新日本ですら損失発生の可能性を認識する根拠は見出せなかった。

PwCにとって東芝監査受任が重大な誤り

ところが、PwCは、東芝の会計監査を受任した後、2017年度の第1四半期、第2四半期はいずれも、東芝の決算を「適正」と評価しておきながら、2016年12月に、S&W買収による巨額損失が表面化するや、一転して、東芝に対する「不信」を露わにし、2017年3月期の会計報告について「意見不表明」を続ける一方、前任会計監査人の新日本が、2016年3月末の時点で東芝が損失発生の可能性を認識すべきだったのに、見過ごしたかのような主張を始めたのである。

少なくとも、東芝のS&W買収による巨額損失が表面化して以降の東芝監査へのPwCの対応には、監査法人の世界の常識からすると、かなり疑問がある。しかし、PwCは、現在のところ、大きな批判を受けてはいない。それは、現時点においては、東芝という企業や執行部に対する「不誠実で信頼できない」という認識において、PwCと社会一般の認識とが共通しているからである。東芝の会計監査で徹底して厳しい対応をとることは、基本的に社会的要請に沿うものなので、PwCを批判する声があまり上がらないのである

しかし、一連の会計不正への対応を見る限り、東芝執行部の監査法人への対応が不誠実で信頼できないことは、監査受任の段階で十分に認識できたはずだ。PwCは、それでも、敢えて東芝の監査を自ら受任したのである。もし、PwCが受任していなければ、他に受任できる大手監査法人はなく、東芝は上場廃止に追い込まれていた可能性が高い。東芝監査をあえて受任したPwCには重大な責任があることを忘れてはならない。 

「真の第三者委員会」設置によって「東芝をめぐる闇」の解明を

東芝とPwCの関係は「限定付き適正意見」を東芝側が無視し、何も措置をとらないという「異常な関係」となっている。今後もPwCが東芝の会計監査人にとどまるのであれば、その条件として、「不誠実で信頼できない」状況を解消するための抜本的な是正措置を求めるべきである。そのための重要な手段が、「東芝不祥事」の全容を解明するための、東芝執行部からの独立性・中立性が確保された「真の第三者委員会」の設置である。それが受け入れられないということであれば、PwCは会計監査人を辞任すべきである。

東芝の一連の会計不祥事の発端が、WECの買収による海外の原発事業によって大きな損失を生じたことにあったのは、もはや疑う余地がない。その失敗の根本原因がどこにあったのか。海外原発事業の損失が、東芝社内でどのように認識され、どのような対策が講じられてきたのか、それに関して、デロイトを使った監査法人対策がどのように行われ、そこにどのような問題があったのか。海外の原発事業をめぐる問題が、「4事業」の会計不正にどのようにつながったのか。会計不正が表面化した後の「偽りの第三者委員会」の設置等による問題の本質の隠ぺい工作は、誰が主導し、誰が関わって行われたのかなど、東芝の会計不祥事をめぐって起きたあらゆる問題を徹底解明すべきである。

PwCがこだわり続けた、「S&W社買収による損失を東芝が認識した時期」というのは、「東芝をめぐる闇」の一コマに過ぎない。今、重要なことは、来年3月までに債務超過を解消し上場を維持することではない。「東芝不祥事」の全容を解明し、「日本を代表する伝統企業」が「最も不誠実で信頼できない企業」に転落していった原因を明らかにすることである。そのうえで、経営体制の刷新、組織の抜本改革を行うのでなければ、東芝に対する社会の信頼を回復することはできない。

東芝監査に関わった以上、PwCには、それを徹底して追求する社会的責任がある。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2017年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。