【映画評】ザ・ウォール

2017年、イラクの砂漠地帯。米軍のスナイパーのアイザックとマシューズは、壊滅した村に潜む敵を狙って5時間潜伏していたが、まったく動きがない。様子を見に行ったマシューズが瓦礫の壁に近づくと、想定外の方向から銃撃され、倒れる。援護に向かったアイザックもまた足を撃たれ、何とか壁の後ろに逃げ込んだ。壁に隠れて身動きが取れないアイザックは助けを呼ぶために無線を手にするが、そこから急に「仲間だ。すぐに助けに行くから、名前とID、正確な位置を言え」との声が。一瞬安堵するアイザックだったが、その声の英語のアクセントに違和感を覚え、それが仲間ではないことに気付く。声の主は米軍から“死神”と恐れられるイラク軍のスナイパー“ジューバ”の声だった…。

イラク戦争で大勢のアメリカ兵を葬った実在のスナイパーと米兵との攻防を描くシチュエーションスリラー「ザ・ウォール」。場所は、灼熱の砂漠にある廃墟の壁の周辺、登場人物は3人のみでそのうち一人は声しか聞こえない。この“開かれた密室”で、主人公アイザックは、負傷している上に、最恐のスナイパーであるジューバに狙われているという圧倒的に不利な状況だ。戦争を扱ってはいるが、その戦いは、激しい銃撃戦や大爆発などではなく、会話で相手を追い詰める心理戦、頭脳戦だ。全編、緊張感に満ちている。

米軍のスナイパーを描いた「アメリカン・スナイパー」は、狙う側の視点から描かれたが、同じ実在のスナイパーものでも、本作は狙われる側を体感でき、それが異様な怖さを醸し出している。実際、ワンシチュエーションものでは、回想シーンや別の場所で同時進行する場面などを組み込むことが多いのだが、本作ではそういう演出はまったくない。それでも知能犯のジューバの巧みな会話による誘導で、アイザックの過去や米軍の暴挙の実態が露わになっていく展開は、まったく飽きさせないものだ。会話は、身の上話のような内容から、この戦争の意義、米国の復興支援の欺瞞にまで及んでいく。ザ・ウォール(壁)とは、イラク戦争の双方の間に絶対的に存在する境界線だ。それでいてその壁は緩く脆く不確かで、正義の所在が見えないイラク戦争の象徴に思える。ほぼ一人芝居で熱演するアーロン・テイラー=ジョンソンの演技力も大きな見所だ。かつてない“手触り”で戦争を描いた異色作である。
【75点】
(原題「THE WALL」)
(アメリカ/ダグ・リーマン監督/アーロン・テイラー=ジョンソン、ジョン・シナ、他)
(会話劇度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年9月4日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Twitterから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。