45年前の今日、日中は握手をした

1972年の9月29日、北京の人民大会堂で周恩来と田中角栄の日中両首相が国交正常化の「日中共同宣声明」にサインをした。その後、二人が交わした握手は、両国の歴史上、最も熱のこもった握手に違いない。今週の授業「日中文化コミュニケーション」で、「忘れがたい握手」と前置きし両国首脳、特に周恩来の力のこもった握手を紹介した。


学生たちの多くは、1972年に日中が国交正常化したことを授業で習って知っているが、力強い握手にまでは思いが及んでいない。そこで、当時のフィルムを上映し、往時を振り返った。

周恩来の過剰なジェスチュアに笑いがもれたが、45年が経過し、そんな余裕が出てきたいうことなのか。日本の学生は1972年と聞いてもピンと来ないだろう。周恩来と田中角栄の心中を察することのできる者も、日中双方において、もう少ないのかも知れない。

日本国際貿易促進協会発行の機関紙『国際貿易』に求められて、45周年記念号にコラムを寄稿した。何人から感想をいただき、思わぬ近況報告ができたことをうれしく思った。

今日の記念日に、原文を添付する。

縁あって昨秋から広東省の汕頭大学ジャーナリズム・コミュニケーション学部でメディア論を講じている。香港の実業家、李嘉誠(リ・カシン)氏の個人基金によって運営されているユニークな学校だ。同大の学生総数は1万人余り。外国人教師も多く、国際色豊かだが、日本人は私1人である。

この1年間、何よりも驚かされたのは、学生たちの日本に対する関心の広さ、深さだ。爆買いツアーを奇異な目で見ているだけでは、中国社会に芽生えている新たな対日観はわからない。

私の赴任直後、学部生を引率し、九州で環境保護関連の取材をするプロジェクトが決まり、人選からビザ取得、取材日程の立案、そしてアテンドまですべてを任された。参加枠5人に10倍以上の応募があった。同学部は毎年、複数回、海外への取材ツアーを行っているが、この応募倍率は米大統領選取材ツアーに匹敵する人気だった。

面接で学生たちの熱意に打たれ、なんとか1人増員できないかと学部の責任者に相談すると、あっさり認められた。女子ばかり6人。重い器材を背負って9日間、農村から環境保護関連企業、政府機関、大学までを休みなく取材し、帰国後に書いた記事は、新華社通信の携帯向けニュース・アカウントを通じて発信された。

なんでもトライすれば、必ず答えが返ってくる。「ダメ出し」のない世界だと実感した。あれこれ憂慮して足踏みするよりも、とりあえず走り出そうじゃないか。そんな雰囲気がある。

ふだんも私の担当授業外の学生が訪ねてきて、いろんな相談を持ち掛けられる。靖国神社参拝問題について調べようと思ったが、中国メディアではなかなか日本人の本音がわからない。そこで「直接、日本人にアンケートしてみたい」という。あるいは、沖縄の米軍基地について、「沖縄の人たちはどう思っているのか」と質問をぶつけてくる。
学生たちにとって、私は身近にいる唯一の日本人なのだから、労をいとわず誠心誠意答えてあげたいと思う。彼ら、彼女らは私の一挙手一投足から日本人のにおいをかぎ取ろうとする。私は逆に、一人一人を通じて中国社会の将来をのぞこうとする。そんな緊張感が心地よい。

学生たちの姿に刺激され、専門のメディア論だけでなく、10年におよぶ中国特派員の経験を活かし、日中文化コミュニケーションに関する授業を開こうと思った。大学に計画書を提出すると、すぐに「面白い」と反応があり、全校生徒を対象にした科目としてスタートした。

30人の定員枠はすぐに埋まり、毎回、傍聴も出た。学生に好きなテーマで研究発表をしてもいいと言ったら、日本の弁当文化から俳句、書道、日本刀、敬語、妖怪、ユーチューバーまで、様々な話題が飛び出した。6月末、卒業式の前日、体育館での記念コンサートに誘われていったら、ジブリ映画の主題歌オンパレードだった。会場に魔女の宅急便やトトロなどが映し出され、どこにいるのかと錯覚しそうになった。

来年も日本取材ツアーを計画している。気の早い学生は、「今度はどこへ行くんですか?」と聞いてくる。日本語を習っても英語のようには就職に直結しない。功利的ではない。ただ日本の文化に引かれ、もっと知りたいと思っているのだ。

日清戦争後の日本留学ブーム、改革開放後の日本留学熱、どれとも似ていない。中国がかつてないほど日本に対して純粋な関心を抱いている。授業では、中国の若者たちに「義理、世間体とは」「わび、さびの心」といったことまで説明を求められる。単なるアニメブームだと思ったら大間違いだ。

一方、対岸から日本をみると、認識ギャップの深さにうんざりとさせられる。いまだに中国は「危険」「汚い」「怖い」の3Kでしか見ていない日本人が多い。好き嫌いどころか、見たくはないと目を背け、関心すら失っている。ふたたび鎖国時代に逆戻りしたような感じさえ受ける。中国の若者たちの熱意を日本に送り届けることが、少しでも刺激になってくれればいいのだが。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。