FRBの量的緩和は米長期金利を引き下げたのか

中央銀行の金融政策は短期金利を操作し、長期金利に働きかけることで景気や物価を刺激するというのがひとつのセオリーとなっている。政策金利となっている短期金利がゼロ%近辺となった際には、国債などを買い入れて長期金利に働きかけようとした。それではこの金融政策が本当に長期金利に働きかけていたのか、米国の事例を元に検証してみたい。

2008年11月25日のFOMCにおいて、総額8千億ドルのあらたな金融対策を発表した。内容は住宅ローン担保証券や、自動車ローン・学生ローンなどを担保にした証券化商品を買い取ることが柱となった。これによりFRBのバランスシートは大きく膨張することになる。これがFRBによるQE(Quantitative easing、量的緩和)と市場で呼ばれたものである。

2008年11月末の米10年債利回り(以下、長期金利)は3.5%台にあったが、翌月12月末に2.4%台に下落しており、FRBの量的緩和は一時的にせよ米長期金利は低下した。しかし、2009年6月末には3.7%台まで戻しており、これだけみると効果が継続していたようには見えない。

2010年11月3日のFOMCでは一段の景気刺激に向けた措置として、2011年6月末まで米国債を6000億ドル追加購入するという追加緩和策(QE2)を決定した。毎月の追加購入額は約750億ドル、MBSの償還元本の再投資分も含めると2011年6月末までの米国債購入は総額8500億~9000億ドルとなる。

2010年10月末は2.5%台、11月末は2.7%台にあった米長期金利はむしろ上昇し、2011年2月末には3.5%台をつけている。結果から見る限り、QE2が米長期金利を押し下げたようにはみえない。

2011年9月21日のFOMCで残存期間6~30年の財務省証券4000億ドルを買い入れ、残存期間3年以下の財務省証券を同額売却するというプログラムを決定した。1961年のケネディ政権下で行なわれたことがあるツイスト・オペもしくは、オペレーション・ツイストと同様の手段となった。

2011年9月末の米長期金利は1.98%、その後も2.0%近辺で推移しており、ツイストオペが米長期金利を引き下げてはいなかった。

2012年1月25日のFOMCで政策金利は据え置いたものの、「異例に低いFF誘導水準の維持が2014年後半まで続く事が正当化されるとFOMCは予想している」と、事実上のゼロ金利政策を解除する時期を先延ばしし、少なくとも2014年の遅い時期まで続ける方針を示した。さらにFRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%とした。

2012年1月末の米長期金利は1.97%、その後の米長期金利も4月あたりまでは2%台で推移し、その後7月に1.5%台に低下した。

2012年9月13日のFOMCでFRBは追加の緩和策を決定し、住宅ローンを担保にした証券であるMBSを毎月400億ドル追加購入することを表明した(QE3)。

12月12日のFOMCでは、年末に終了するツイストオペの代わりに毎月450億ドル規模の米国債購入を決定した。これまでのツイストオペでは、450億ドルの短期債を売って長期債を購入していたが、短期債を売却しない分、FRBのバランスシートは拡大する。MBS含めると月額850億ドルを買い入れる。また、償還分の買入も行うとした。

米長期金利は2012年9月末が1.72%、12月末が1.65%、2013年1月末が1.91%台と低下というより、むしろ上昇した。

2013年5月22日にFRBのバーナンキFRB議長は、議会証言後の質疑応答で、景気指標の改善が続けば債券購入のペースを減速させる可能性があると指摘した。

これをきっかけとして米長期金利2013年5月末の1.9%台から、12月には3%近くまで上昇することとなる。しかし、これ以降の米長期金利はデーパリングが現実に実施され、利上げも行われているにも関わらず、2016年7月には1.3%台に低下した。

もちろん金融政策だけが米長期金利を動かしているわけではない。しかし、FRBの量的緩和は米国債とMBSの大量の買入、いわゆるQEを通じて行われており、長期金利を押し下げることも大きな目的であったはずである。

タイムラグもあり、結局、QEによって現在の米長期金利の低位安定があるとの見方もあるかもしれないが、QEで米長期金利は低下せず、むしろテーパリングなど正常化途中で低下傾向を示すなど、金融政策そのものと長期金利の連動性は低いとみたほうが素直か。

日本の場合は日銀が強制的に長期金利を押さえ込んでいる。米国の例をみても少なくとも量的緩和が米長期金利低下を即、促しているわけでなく金利低下による効果は限定的ともいえる。これは日本にとっても同様ではなかろうか。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2017年10月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。