保育士かつ、保育園を20園運営している駒崎です。
最近、起業家として著名なホリエモンこと堀江貴文さんが、Twitter上で以下のようなご発言をされて炎上する事件が勃発したようです。
また、補足する形で、
「誰でも(やろうとしたら大抵の人は)出来る(大変かもしれない)仕事だから希少性が低く(コンビニバイトなどと同様に)給料が上がらない構造になっている」
という発言をされています。
堀江さんは予防医療のプロジェクトをご一緒させて頂いており、その鋭い知性についてはリスペクトしています。
ただ、今回に関してはおそらくは保育業界の構造について前提知識がなかったことで、かなりバイアスのかかった論理になってしまっているかと思います。
以下、説明をしていきますので、堀江さんほどの方ならご理解頂けるでしょうし、またその他あまり保育業界に詳しくない一般の方々にも「なぜ保育士の給与が上がらないか」そして、それは保育士の仕事が「誰でもできる仕事」だからでは「ない」、ということを分かって頂けるかと思います。
【通常のビジネス】
一般的な市場において、需要に対して供給が足りない場合、つまりその商品が「希少」である場合は、価格が上がっていきます。労働市場も基本的には同様です。給与を上げないと他の企業に行ってしまって困ってしまうので、各社が上げていくことで、全体が上がっていくわけです。
このように「一般的には」希少性と給与の連動性はあるので、一般論を当てはめて「保育士の給与が安いのは希少性がない=誰でもできる」からだ、と結論づけたくなるのも分かります。
【保育園のビジネスモデル】
これに対して、保育業界です。
認可保育園において、保護者の払う保育料というフィーは、家庭の所得に連動して決まります。例えばお金持ちは月額10万円で、生活保護世帯は無料、というように。(これを「応能負担」と言います)
そこを補助金が埋めます。例えば先ほどのお金持ちが払った保育料10万円に10万円の補填を、生活保護世帯には20万円の補填をして、子ども1人あたりでは、お金持ちの子も生活保護世帯の子も、保育園にとってはもらえる収入が同じになります。
この仕組みを「公定価格」と言います。
保育所は福祉施設であり、教育と同様貧富の差に関係なく利用できるようにするためです。オプションとしてお金を取る混合保育も制限されています。なぜなら、「お金をもっとくれれば、もっと良い保育をしてあげるよ」となると、貧富の差なく受けられる保育という原則から外れるためです。
こうした仕組みがゆえに、保育所の収入額は決まってしまいます。収入は子どもの数に比例し、定員一杯まで預かったら、そこで頭打ちです。それ以上に収入を増やす方法はありません。
よって、給与引き上げの原資となる利益も頭打ちとなり、給与の引き上げは構造的にしづらい、ということになります。
【生産性は上げづらい】
他方、「売上を上げられないなら、コストを削減すれば良いのでは?」という意見もあるでしょう。
具体的には生産性を上げて、今まで1人が5人をみていたのを、10人みることができればコストを減らせ、その分昇給に回せるのではないか、と。
保育園のコストの最も大きな部分を占めるのは人件費ですので、生産性向上ができたら確かに良いでしょう。
しかし残念ながら、それは難しいです。理由は主に2つです。
1つは「0歳児3人に保育者1人」というように、法的に最低人員配置基準を決められているからです。それを下回ると違法になるため、できません。
2つ目は、物理的に無理だからです。今でも「3歳児20人に対し、保育士11人」という、「無理だろ、それ」という基準です。これでより多くの子どもを保育士に負担させると、単に放置され続ける子どもが増えるだけです。
子どもの感情を読み取って、最適な返しをしてくれる汎用性AI搭載ロボットが来てくれれば話は別ですが、今は劇的に生産性を上げられる手段はありません。
売上も固定で、費用も削れる余地が薄い。よって利益も頭打ちとなり、昇給させられない。これが保育園のビジネスモデルです。
これらのビジネスモデルは、厚生労働省によってつくられました。よって、完全に人災と言えるでしょう。
【保育士の給与を上げる方法】
こうした仕組みに対し、保育士の給与を上げる方法があります。それは「補助金を増やすこと」です。
実際、「保育園落ちた日本死ね」騒動によって政府も保育士不足と処遇の低さに気づき、保育士全体に2%(約6000円)+役職者には最大4万円の補助がいくように制度改正しました。
しかし、まだまだ十分とは言えません。
公立学校の先生の給与も、低賃金による教師不足を受けて、田中角栄政権の時に「人材確保法」が制定され、一気に25%改善し、一般公務員より高くなりました。
保育業界には「人材確保法」は創られることがなかったのです。
【まとめ】
以上、簡単にまとめます。
・保育士の給与が上がらないのは、保育士の仕事が「誰でもできるから」ではない
・保育園が補助によって成り立っており、基礎収入が固定化されていて、混合保育も禁止されているので、収入が頭打ちである
・保育士が1人でみる子どもの数は決められていて、それは今でも非常に多いため、これ以上生産性は上げられないので、コストは削れない
・収入が頭打ちで、コストが削れないので、昇給原資となる利益が限定的になる
・これらは制度的な問題だが、補助金を増やせば保育士給与は上がる
・政府が予算を組んで実行すればできることなので、やろう
大雑把に説明しましたが、世の中の誤解が解け、日夜子どもに懸命に向き合う幾万の同胞保育士の皆さんへのまなざしが、温かなものになることを願っています。
また、保育士の給与が上がらないのは完全に人災ですが、こうした状況をつくっている政府と政治家を選んでいるのもまた我々なので、我々も投票という行為によって、変化の一歩を生み出していかねばならないことも、また事実だと思います。
保育現場からは以上です。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2017年10月17日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。