「緑のタヌキ」は、すみやかに“排除”されるべき

郷原 信郎

希望の党ツイッターより:編集部

衆議院解散の直前に、「希望の党」設立の「緑の大イベント」を仕掛け、多数の前議員を合流の渦に巻き込んで民進党を事実上解党させ、「政権交代」をめざすなどと宣言して、全く当選可能性のない人物も含めて無理やり定員の過半数の候補者を擁立したものの、大惨敗が予想されるや、超大型台風の接近で東京都にも甚大な被害が発生する可能性があるのに、「災害から都民の命を守る都知事」の責任にも背を向けて、投票日前日にパリに渡航し、フランスの有力紙からも「逃亡中の女王」などと揶揄されていた小池百合子氏が、今日(10月25日)、「逃亡先」のパリから帰国した。

パリでは、ケネディ前駐日大使と対談し、

都知事に当選してガラスの天井をカーンと1つ破ったかな。もう1つ、都議会の選挙というのがあって、そこもパーフェクトな戦いをして、ガラスの天井を破ったかなと思いましたけれども、今回、総選挙があって、鉄の天井があるということをあらためて知りました

などと宣ったそうである。

「ガラスの天井」というのは、「資質又は成果にかかわらずマイノリティ及び女性の組織内での昇進を妨げる、見えないが打ち破れない障壁」のことである。今回の選挙結果は、小池氏が、「組織内で女性の昇進を妨げる障壁」に妨げられて敗北したものだというのである。

恐るべき問題の「すり替え」だ。確かに、未だに日本の社会には、「ガラスの天井」が至る所に残っている。多くの働く女性達はその障壁と懸命に戦っている。小池氏がやってきたことは、その「ガラスの天井」を巧みに利用し、男性達をたぶらかして、自らの政治的野望を果たすことだった。今回の選挙結果は、小池氏の野望の「化けの皮」が剥がれただけだ。小池氏が今回の選挙結果と「ガラスの天井」を結びつけるのは、多くの働く女性達にとって許し難いことのはずだ。

国政政党を立ち上げ自ら代表となって「政権交代」をめざすことと、都知事の職とは、もともと両立するものではなかった。政権交代をめざす以上、首班指名候補を決めることは不可欠だし、それは、代表の小池氏以外にはあり得ない。一方で、東京五輪まで3年を切ったこの時期に都知事を辞任するのは、あまりに無責任で都民に対する重大な裏切りだ。小池氏の策略は、都知事辞任をギリギリまで否定しつつ、希望の党による政権交代への期待を最高潮にまで高め、その期待に応えるための「決断」をすれば、マスコミも、「安倍・小池、総選挙での激突」を興行的に盛り上げることを優先し、「都知事投げ出し」を批判しないだろうという「したたかな読み」に基づいていたはずだ。

ところが、小池氏の「策略」を知らされず、都知事辞任はあり得ないと常識的に考えていた腹心の若狭勝氏が、テレビ出演で、「政権交代は次の次」「小池氏は選挙には出ない」と、馬鹿正直に発言してしまった(この発言の後、小池氏は、若狭氏にテレビに出ないよう指示したようだが、「後の祭り」だった。)。民進リベラル系に対する「排除発言」も重なって、小池氏の「化けの皮」は剥がれ、希望の党による「政権交代」への期待は急速にしぼんでいった。

そもそも、都議選で「パーフェクトな戦いをして、ガラスの天井を破った」という小池氏の認識は、見当違いも甚だしい。

都議選の直後、【“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 ~代表辞任は「都民への裏切り」】でも詳述したように、都議選での自民党の歴史的大敗は、安倍内閣の、加計学園問題、森友学園問題など安倍首相自身に関わる問題や、稲田防衛大臣の発言などの閣僚・党幹部の「不祥事」に対する都民の痛烈な批判の受け皿が、都議会民進党の崩壊のために、小池氏が率いる都民ファーストの会以外になかったことが、棚ぼた的な圧勝につながっただけだ。当時も、小池氏自身に対する人気は、築地・豊洲問題への対応への批判等で、確実に低下しつつあった。小池氏が言う「パーフェクトな戦い」とは、都議選の直前に都民ファーストの代表に就任、選挙の直後に代表を辞任して、選挙期間中だけ「小池・都民ファースト」の看板を掲げて、都民を騙したことを指すのであろう。

一昨日の戦国ストーリー風ブログ記事【平成「緑のタヌキ」の変】でも書いたように、今回の選挙は、前原氏率いる民進党議員達が、「緑のタヌキ」にまんまと「化かされ」、自滅し、それが、安倍首相が、森友、加計疑惑についての説明もろくに行わないまま圧勝するという、前原氏が目指したのとは真逆の選挙結果をもたらしたということである。希望の党公認候補として苦しい選挙戦を強いられ、何とか勝ち上がった人も、苦杯をなめた人も、まず、行うべきことは、「緑のタヌキ」の実体を見抜くことができず、まんまと「化かされて」しまったことへの痛切な反省である。小池氏を責めることはほとんど無意味である。この「化かし」は、通常の人間の「詐言」とは異なる。「緑のタヌキ」は決して尻尾をつかまれるようなことはしない。「選挙には出ないと最初から言っていたじゃないですか」と開き直られて終わりだ。化かされた側の棟梁の前原氏の愚かさが際立つだけだ。

彼らにとって必要なことは、「緑のタヌキ」に二度と化かされることがないように、今後の小池氏の在り方、行動に対して、厳しい目をもって対応していくことである。

パリでの「ガラスの天井」「鉄の天井」などの発言、帰国後の「せっかく希望の党がたちあがっているわけですから、国政に向けても進んでいきたい」などの発言を見る限り、小池氏が、今回の選挙結果について、そして、自分の所業が日本の政治や社会にいかに深刻な影響をもたらしたかについて、真摯に反省しているとは到底思えない。今後も、また、様々な策略を弄して、「緑のタヌキ」として巻き返しを図ろうとしてくることを十分に警戒しなければならない。

小池氏は、「都政に専念せよという都民 国民の声であったと真摯に受け止めたい」と言っているようだが、都民の一人として率直に言わせてもらえば、小池氏には、国政だけでなく、都政にも実質的に関わってもらいたくない。都知事にとどまるのであれば、マスコミ対応や外交活動などをやるだけにとどめてもらいたい。小池氏が、都政に実質的に関わっていくことが、全く有害無益であることは、都知事就任以降のこれまでの経過を見れば明白だ。

都知事としての小池氏について、私は、昨年11月以降、【小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える】【「小池劇場」で演じられる「コンプライアンス都政」の危うさ】【「拙速で無理な懲戒処分」に表れた「小池劇場」の“行き詰まり”】【豊洲市場問題、混乱収拾の唯一の方法は、小池知事の“謝罪と説明”】【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】などのブログ記事や、日経グローカル、都政新報などへの寄稿、片山善博氏との対談本【偽りの「都民ファースト」】の刊行などで、徹底して批判を行ってきた。

それらを読んで頂ければ、小池氏が行ってきたことが、いかに「ごまかし」「まやかし」であり、都政を混乱させるだけであったかは理解して頂けるはずだ。

「緑のタヌキ」に「化かされた人」も、正体を見破って「化かされなかった人」も、今回の総選挙で、思い知ったはずだ。「緑のタヌキ」は、国政からはもちろん、都政からも、速やかに「排除」されるべきである。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2017年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。