保育士で国の有識者会議委員の駒崎です。
先日、驚くべきニュースが流れてきて、二度見してしまいました。
保育所2万人分整備 財務省、来年度にも補助金転用(日本経済新聞)
財務省は25日の財政制度等審議会(財制審)でこうした方針を示す。保育の受け皿整備には、18年度から20年度までで3千億円規模の公費が必要になる見込み。国と自治体は保育施設を運営する事業者などに17年度で約1.5兆円を支出している。
保育事業者の利益率は全産業平均より高めのため、財務省は一部補助をやめても事業者の経営に大きな支障は出ないと判断した。人件費補助はこれまで通り続け、施設運営費の補助を削減する。
果たしてこの財務省の計画は「正しい」ことなのでしょうか?
「保育所は儲かっている」という財務省
財務省側の言い分を簡単にまとめると、こうです。
・経営実態調査をしたら、保育所の利益率が高かった
・だから、保育所の補助(公定価格)を削って、新規の保育所開設に使おう
財政審議会の資料はWEB上にアップされているので、当該シートを抜粋します。
確かに、このシートを見ると、一見保育所は他の産業と比べて儲かっているような印象を与えます。
では、これは真実を表しているのでしょうか?
そうではありません。
財務省のトリック(1)わざと率で出す
このシートの縦軸ですが、利益「率」であることに注目して頂きたいです。
利益「額」ではないんですね。
例えば、全産業の企業売上高から割り出した、企業の一社あたり平均売上は6937万円です。(出典:中小企業白書概要)
そこに、財務省提出のシートにある利益率である4.5%を掛けてみましょう。すると、利益額は312万円です。
一方で、保育園業界、例えば一番利益率の高いとされる、家庭的保育(保育ママ)を比べてみましょう。
家庭的保育の平均売上(保育の場合「収益」ですが便宜上この表現を使います)は、969万4000円です。利益率は19.6%です。
すると、利益額は約190万円。
全産業平均の利益額よりも、小さいですよね。
次に利益率が高いとされる小規模保育を見てみましょう。小規模保育の平均収益(売上)は3242万円。それに利益率の13.9%を掛けます。すると、利益額は約450万円。額で見ると、全産業平均とほぼ同じような額です。
さらに、小規模保育の場合、子ども一人あたりの補助は、だいたい約200万円/年ですから、2.25人かけると赤字に陥ります。かなり脆弱な財務構造です。(出典:公定価格表)
これで本当に「儲かっているから補助金削れ」と言えるでしょうか。悪質なミスリーディングとしか思えません。
財務省のトリック(2)初期補助の期ずれ
このデータは2015年度ですが、保育所というのは基本的には4月開園です。そうすると、改装したり、保育士を揃えたり、備品を買ったり、という初期費用というのは14年度に計上されます。15年度は子ども子育て新制度が開始した年なので、多くの園が開園しました。
費用は前年度に出ますが、補助収入は15年度に入ってきます。よって、小規模保育であれば、初期補助である数千万円が収入で入って、費用は15年度ではなく前年度に計上されるので、見かけ上利益率が高くなります。
もちろん3月締めではない団体や企業は、支出と収入を合わせられますし、各園ごとの会計ルールに違いはあるので全てとは言えませんが、保育園経営者的には、期ずれは比較的一般的な話です。
財務省のトリック(3)修繕積立等の無視
保育園は、毎日子どもたちが元気に遊びまわるので、消耗が激しいです。安全にも関わるので、壊れたり傷ついたりしているのを、放置もできません。
よって、数年に一度、修繕を行います。そのために、出た利益から修繕用に積立てておくわけですね。
こうした積立金も経営実態調査的には利益にカウントされます。
同様に、退職金積立や大きめの備品購入のための積立とかもそうですね。
こうしたことを加味すると、保育所の運営は一般企業よりもローリスクではありますが、ハイリターンとは全く言えません。
よって、財務省の行った提言は、良く言うなら的外れ、悪くいうならひどいミスリードと言えるでしょう。
意図的にやっているだろう理由
僕は財務省に勤めている知人もいますが、彼らの多くは勤勉で優秀です。
よって、前述したようなことを、特に利益率だけ出して額を出さないような、基本的なことを知らないでやっているようには思えません。
わざと増加する保育所関連費用に歯止めをかけたく、多少無理筋なロジックでも、多くの人は保育園会計に詳しいわけでもないから、と審議会にぶつけて来たのではないでしょうか。
何が彼らを焦らせるのか。
それはおそらく、昨今浮上してきた、幼児教育無償化ではないかと推測します。
消費増税によって得られた税収を、待機児童解消に使えると思いきや、幼児教育無償化に使われてしまう。さらに無償化は、より多くのニーズを引き出し、さらに多くの保育所を作らざるを得なくなってしまうだろう。今のうちに保育所補助を削っておかねば。
そんな風に考えたのではないでしょうか。
まとめ
・保育所は(規模の小ささ等もあり)利益「率」は高く出るが、利益「額」は決して高すぎるわけではない
・また、経営実態調査等の政府調査ものは、期ずれや積立金等を反映していない
・よって、財務省の提案は不当である
・さらに、補助金を削れば、事業者の参入・継続意欲が薄れ、足りない保育園はもっと足りなくなり、待機児童問題を悪化させるため、中長期的に見ると税収においてもマイナス
ということになります。
この記事が財務官僚と政治家の皆さんの手元に、SNS等での拡散を通じて届き、思い違いを訂正できたら、これに勝る喜びはありません。
また、もしわざとやっているとしたら、それは決して日本の未来のためにならない、ということも申し添えておきたいと思います。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2017年10月31日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。