サウジとイスラエルが急接近

長谷川 良

イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派代表のイランの間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いが1300年間、中東・アラブ諸国で展開されてきたが、ここにきて両派間の覇権争いは激化する気配が出てきた。以下、独週刊誌シュピーゲル(電子版)を参考にその概要を紹介する。

▲イラン批判を強めるサウジのムハンマド皇太子(ウィキぺディアから)

▲イラン批判を強めるサウジのムハンマド皇太子(ウィキぺディアから)

攻勢をかけているのはシーア派のイランだ。シリアでロシアと組み、アサド政権を支援。守勢気味だったアサド政権を支え、反体制派勢力やイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土をほぼ奪回する成果を上げている。
ロシア南部ソチで今月22日、プーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、イランのローハー二ー大統領の3国首脳会談が開かれ、シリア内戦の解決に向け国民対話会議の開催で一致し、3国主導のシリア復興プロセスが始まったと受け取られている。

イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラが躍進してきた。スンニ派のハリリ首相は先月、自身の生命が危なくなったとしてサウジのリヤドに逃避行したが、レバノン側は「ハリリ首相暗殺計画はない」と否定し、サウジがイランを批判するために作り上げた話だといった情報も流れている。

イラクではシーア派主導のアバディ政府に大きな影響力を行使。イラク北部クルド自治州の独立問題でも独立賛成派が住民投票で勝利したが、クルド自治州バルザニ議長は先月29日、突然辞任を表明したばかりだ。イラン側の政治的圧力が功を奏したと受け取られている。米国側がイラク国内のシーア派民兵を撤回させるようにアバディ政府に要求したが、 アバディ首相は拒否し、テヘランを訪問しているほどだ。

なお、ロシアのプーチン大統領は今月、テヘランを訪問し、エネルギー分野で300億ドル相当の商談を締結している。イランは米国の制裁を恐れる必要なしと豪語し、イラン核合意の破棄を示唆するトランプ米大統領を「国際合意を破る国」と批判している。

一方、スンニ派の盟主サウジの状況だ、シリア、レバノン、イエメンの3紛争地の背後にはイランのプレゼンスがあることは明確だ。サウジではイランの脅威が囁かれている。イランが中東の覇権を奪い、レバノンからイラン、ペルシャ湾から紅海までその勢力圏に入れるのではないか、といった不安がある。サウジのムハンマド皇太子(32)は反イラン政策を強化している。米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビューの中でイランへの融和政策の危険性を警告し、イランの精神的指導者ハメネイ師を「中東の新しいヒトラー」と呼んでいるほどだ。
ムハンマド皇太子は、「イランの影響の拡大を阻止しなければならない。融和政策は効果がないことを欧州から学んだ。中東の新しいヒトラーが欧州でやったことを繰り返すことを願わない」と指摘している。

イランの外交、軍事攻勢に対し、サウジはトランプ米政権と結束して対抗する路線を取ってきているが、ここにきてアラブの宿敵イスラエルに急接近してきた。サウジはイランの侵攻に対抗するため軍事的、経済的大国のイスラエルとの関係正常化に乗り出してきたものと受け取られている。

宿敵関係だった両国が急接近してきた背景には、両国が“共通の敵”を持っていることがある。イランだ。イスラエル軍のガディ・エイゼンコット参謀総長はサウジの通信社 Elaph とのインタビューに応じ、「イスラエルはサウジと機密情報を交換する用意がある。両国は多くの共通利益がある」と述べている。

ちなみに、イスラエル軍指導者がサウジの通信社の会見に応じたこと自体これまで考えられなかったことだ。この背後にはネタニヤフ首相とサウジのムハンマド皇太子の意向が働いているとみて間違いないだろう。ユバール・シュタイニッツ・エネルギー相はイスラエルのラジオ放送で、「わが国はサウジと非公開な接触を持っている」と認めている。同相はネタニヤフ首相の安全閣僚会議メンバーだ。

イスラエルは建国以来、自国がアラブ世界で受け入れられることを願ってきた。イスラエルはエジプトとヨルダンとの友好関係を築いてきたが、最近は密かにアラブ首長国連邦(UAE)にも接近しているという。

参考までに、米トランプ政権はパレスチナ問題の解決を考えている。その和平案は2002年のアラブ連盟が提案した内容と酷似、アラブ諸国はイスラエルを国家承認し、国交関係を樹立。イスラエルは東エルサレムを首都としたパレスチナ国家を承認し、1967年以降占領した地域から撤退し、難民パレスチナ人の帰還問題にも対応するという内容だ。
イスラエル側はトランプ大統領の和平案に強い警戒心を持っている。そこでネタニヤフ首相はサウジの反イラン対策を支援する代わりに、パレスチナ和平案でサウジ側がイスラエルの要望を受け入れることを期待しているというわけだ。
ムハンマド皇太子は今月、パレスチナ自治政府のアッバス議長をリヤドに招待している。イスラエル側の要望に応える外交の一環ではないか、といった憶測が流れている。

まとめる。サウジの次期国王ムハンマド皇太子は国内の汚職・腐敗対策に乗り出し、著名な王子や閣僚たちを次々と拘束しているが、皇太子の強権行使にサウジ国内でさまざまな意見が出てきている。ここにきて反イラン政策を強化することには、国内の批判をかわす狙いもあることは間違いないだろう。

一方、イランは軍事的、外交的に成果を上げているが、国内は安定しているとはいえない。1979年のイラン革命前までは近代国家だったが、ホメイニ師主導の革命以来、イラン社会は神権国家か世俗国家かの選択に揺れ、国民も社会も分裂している。

イランの首都テヘランで今年6月7日、2件の同時テロ事件が発生し、少なくとも13人が死亡、40人以上が負傷した。テヘランの同時テロ事件の背後について、カタールに接近するイランへのサウジ側の報復攻撃という「サウジ関与説」が流れたことがある(「サウジとテヘラン同時テロ事件」2017年6月9日参考)。

サウジとイランは中東各地で代理戦争を展開させているが、両国が覇権争いで正面衝突するような事態になれば大変だ。中東地域からの原油輸入に依存する日本はサウジとイランの動向から目を離せられない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。