今月号のNature Medicine誌に「Targeting the T cell receptor β-chain constant region for immunotherapy of T cell malignancies」というタイトルの論文が掲載されていた。T細胞受容体を標的としたT細胞系の悪性腫瘍に対する新しい可能性を示した論文である。
Bリンパ球に特異的な分子を標的とした抗体療法やCAR-T細胞療法は、顕著な効果を示しており、これによってB細胞系の白血病やリンパ腫の治癒率は格段に改善された。しかし、Tリンパ球由来の白血病やリンパ腫は、旧来の抗がん剤治療しか適応できず、治療の選択肢が限られているのが現状で、予後もBリンパ球系腫瘍に比してかなり悪い。そのような中、T細胞においてのみ発現されているT細胞受容体(TCR)を標的としたCAR-T細胞を作って応用しようとしたのが、今回の論文の試みだ。
T細胞を完全に叩くと、免疫不全のため、普通の生活環境で生きていくことが困難となる。したがって、実際に患者さんに応用するにはリスクが高いのだが、この論文では、T細胞受容体ベータ鎖のコンスタント領域(C1b)への抗体を利用してCAR-T細胞を作成している点が重要だ。T細胞受容体はアルファ鎖とベータ鎖が組み合わさってできている。図のC領域がコンスタント領域ですべてのT細胞に共通している。ただし、アルファ鎖にはC領域は1種類しかないが、ベータ鎖にはC1bとC2bの二つのコンスタント領域が存在し、それらが細胞ごとに使い分けされている。したがって、アルファ鎖のコンスタント領域を標的とするとT細胞すべてが攻撃されるが、ベータ鎖のT細胞の場合、C1bとC2bが区別できれば、どちらかは傷害を受けないで生き残る。
論文では、T細胞受容体C1b領域に対するCAR-T細胞のデータが示されていた。抗体部分はC1b領域(を持つTリンパ球)には結合するが、C2b領域(を持つTリンパ球)には結合しないので、C2b領域を持っているTリンパ球は無傷で残る。したがって、T細部による免疫力は維持されることになり、これが大切だ。ただし、当然ながら、TCRのベータ鎖にC1領域が含まれている腫瘍にしか効果がない。おそらく、Tリンパ細胞系腫瘍細胞がC1領域を含むTCRを持っている患者さんに対する治験はすぐにでも始まるだろう。C2領域だけを認識する抗体が見つかれば、これも時間の問題だ。
医学の進歩は「目覚しい」の一言で語れないくらい急速に進歩している。今日は希望がなくとも、明日になれば希望が見つかるかもしれない。そんな時代に生きているにも関わらず、標準療法が終われば、緩和ケアで死を待てというのが、真っ当な医療なのか?「抗がん剤を受けたくない」と言うと、患者さんを簡単に突き放すのが近代的な標準医療なのか?医療に携わる人間に求められる、他者への愛・敬意が欠けているのではないのか?目の前の患者さんよりも、役所に目を向けすぎていないか?限られた命であると宣告された患者さんに対しても、リスクを誇大に強調しすぎて、患者さんの生きる権利・チャンスを奪っているのではないのか?
これらは、私の独りよがりの空しい叫びかと思っていたが、前回の日本訪問時には、同じ想いを持っている複数の方との出会いがあった。仲間はいるのだと勇気付けられた。そして、その期間中、普段よりも多く、患者さんからの問い合わせもあった。「助けてください」という文字を目にして、胸が締め付けられる思いがした。論文を一つ書くよりも、このような患者さんたちの支えになることの方が貴重なような気がしている。ドクターXが「一人でも多くの人の手術をして、一人でも多く治したい」と言っていたが、私も「どんな形であれ、一人でも多くの患者さんに役に立つ方法をいつも模索している」。
来年に向け、私の腹は固まったが、私の思いを体現化するだけの人材が集められるのか、大石内蔵助のように人徳のない私には自信がない。でも、やるしかない。天皇陛下は84歳になられたが、病気と闘いながらも、陛下や皇后が東北の方達を励まし続けてこられた姿を目にして、私も日本人としてできることをしなければ、申し訳ないと思う。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。