ブラック社員の例③いつ有給休暇を取ろうと、私の勝手でしょっ!

源田 裕久

私のこれまでの経験では、その企業規模を問わず「有給休暇を100%取得させている」という経営者には、残念ながら未だかつてお目にかかったことがない。逆に「うちは有給休暇ないよ」とキッパリと言い切られた方には、何人かお会いしている。

1947年に労働基準法が制定されたとき、1日8時間、1週間に48時間が労働時間の最長と定められた。その後、労働時間の短縮議論が進み、1987年の法改正により、週40時間に短縮された。1日8時間勤務の企業では、週6日間勤務だったところ、丸々1日分が減ってしまったことになる。あわせて有給休暇もそれまでの最低付与日数が6日から10日に引き上げられた。

これを快く思わない経営者からは、前述のような発言が漏れてくる。これが茶飲み話であれば別だが、実際に有給休暇を付与していないのであれば、明確な労基法違反であり、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられることもある。法律上、当然に発生している権利であり、そもそも経営者が取得を許可する・・・という性質のモノではない。

有給休暇の取得状況を諸外国と比べてみると

総合旅行サイトのエクスペディア・ジャパンが実施している「有給休暇国際比較調査2017」によれば、日本の有給消化率は50%で2年連続の最下位。過去9年間でも最下位が7度、ワースト2が2度となっており、断トツの下位安定状態。「有給の取得に罪悪感を感じる」人が多くいることがその理由となっている。日本人特有ともいわれる奥ゆかしさや生真面目さも、気軽な休暇取得を阻んでいる要因であろう。

もっとも一昔前からの労働時間短縮に加え、「一定の条件をクリアした者に対しては更に有給で休暇を与えよ」という制度には憤懣やるかたないというのは、経営者の本音としては理解できる部分もある。

有給を取得するのに決められたルールはあるのか?

ドライバーが15人規模のD運送会社では、近年、急速に冷凍技術が発達したチルド商品の配送で売り上げを伸ばしつつあった。更に受注をこなすべく、冷蔵・冷凍車を増車し、お歳暮からクリスマスケーキ、お節料理やバレンタインデーギフトなど、年末から年明けの繁忙期に備えて、着々と準備を進めていた。

12月に入り1週間ほどしてのこと。入社5年目で仕事にも慣れてきた女性ドライバーYが、F配送課長に有給休暇願いを提出してきた。休暇の時季は翌週の12月中旬の3日間であった。

D社では、連続2日以上の有給を取得する際には、10日間以上前に申請することが就業規則に明記されており、このルールに反していることは明白だった。加えて1年のうちの最繁忙期であるクリスマスという期間限定のイベントシーズン真っただ中で、3日間も代替ドライバーを確保するのは絶対に無理だと、F課長は経験則からそう判断した。

「Yさん、悪いけどこの日程では無理だよ。時季を変更してくれないか?」努めて平静を装ったつもりだったが、その言葉のトーンは少々重い感じだったかも知れない。この期間が会社にとって、どれだけ大切なのか、わからない貴女ではないだろうという気持ちが、心の奥底に少しだけあったからだ。

かつてのトラック映画に出てくるような、“ちゃきちゃきな女性ドライバー”という雰囲気ではなく、どちらかと言えばお淑やかで秘書みたいな雰囲気。そのギャップから社内外で密かな人気を博していたYだったが、F課長の言葉を聞いた途端、豹変した。

「えっ?だって、有給って、私にもあるんでしよっ?なぜ、ダメなんですか?」と食い下がるY。口調は穏やかだったが、明らかに怒気を含んでいた。F課長はまず、有給の申請時期が就業規則に合致していないことを説明し、加えてこの時季が最繁忙期であり、会社として代替要員を確保できず、業務に支障が生じることを丁寧に説明した。

これを聞いていたYの顔はみるみる紅潮し、F課長の説明が終わるか終わらないかのうちに「だって、ようやく好きなアーティストのチケットが入手出来たんですよっ!絶対に行く!ダメだというなら、チケット代を支払って!!」と猛然と反論してきた。

好きなコンサートに行くために有給を使うのは当然、でも…

興奮した口調のYをなだめつつ、F課長は詳しい事情を聞いてみた。それによれば、Yには好きなアーティストがいて、日頃から追いかけをしているとのことだった。

今年10周年の記念コンサートが開催されるが、どうしてもチケットが取れず悔しい思いをしていたところ、つい最近、インターネットサイトで福岡会場のチケットが販売されているのを発見。定価の5倍もしたが、どうしても欲しくて購入したとのこと。そのために福岡県までの往復も含め、3日間の有給を取りたいという意向であった。

これを聞いたF課長は、Yの気持ちは十分に察しつつも、しかし、どうしても業務上、彼女の穴埋めは出来ないことを説明。また、そのチケット代金を会社が支払うこともできないと説明した。これは社長の判断も仰いだ上での、会社としての最終的な回答だった。

これを聞いたYは、物凄い形相でF課長を睨みつけながら、「何よ、それっ。だったら監督署に訴えてやるっ!!!」と叫び、トラックに乗り込むやいなや、走り去って行った。

これは今回の件ではないが、数年前の12月、地元の労働基準監督署で手続きしていた際、隣の相談室から「だから、クリスマスシーズンに休めないって、あなただって理解できるでしょう。会社だって代わりの人を確保できないよ」という声が漏れてきた。職種はわからなかったが、まさに数年後のYとのやり取りを聞いているようだった。最近はこういう労働者からの相談が増えていると、当時の担当者と話をしたことが思い出された。

前回も書いたが、働く者には一定の条件をクリアすれば、有給休暇を取得する権利が法律上、当然に発生する。経営者はこの権利行使を拒否できない。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合には、他の時季に変更する「時季変更権」は有している。無論、これは恣意的に行うことは出来ず、諸般の事情を考慮して客観的に判断されるべきものであり、可能な限り労働者の請求を尊重することが求められる。

これを判断材料とすれば、運送業にとって年末年始は最繁忙期であり、代替要員の確保も困難が予想され、尚且つ、クリスマスという期間限定のイベント用の配送業務であれば、仮に争いになっていたとしても、D社の時季変更権の行使は認められる可能性が高いだろう。

また、有給の申請にあたっては、その権利行使を阻害すると認められるような極端な日数(例えば数ケ月前までになど)の事前申請制はダメだが、合理的であるならば、一定の日数前までに申出することを就業規則で決めておくことは認められている。やはり社員規模に関わらず、ルールブックとしての就業規則を整備しておくことは、労務管理上でも非常に大切なのだ。

時季変更権を無視して休んだYへの処遇は…

後日談であるが、結局、Yは3日間、会社を休んだ。会社はこれを欠勤として取り扱い、給与規程で決めてある通りに、その月の給与から3日間分の欠勤控除を行った。Yの休んだ3日間のうち、2日間分の業務については代替者と社内の同僚ドライバーでなんとかカバー出来たが、1日分は遅延が発生し、一部の顧客からお叱りを受けてしまった。

それまでYに好意的だった社内の雰囲気は変わって、あからさまに態度を変えた社員も出てきた。孤立感を深めたYであるが、現在も仕事は続けている。

「就業規則を守らせること=労働者の権利行使を阻害する」ではない!

当然に持っている権利行使を止めることは出来ない。しかし、そこには一定のルールが存在している場合が多い。もし今回、D社がYの申請を受入れ、ルールを曲げて休ませていたらどうなっていただろうか?一連の顛末を見た他の同僚が同じような申請をすることは十分に考えられ、有給に限らず、就業規則が形骸化する恐れがある。そうなれば何でもありの無法地帯と化して、企業統治が崩れてしまう。

尚、有給の取得に際して、その理由を聞いてくる会社があるが、これはやめるべきだ。労働者の心理に圧迫感を与えるし、有給を取得しにくい会社の雰囲気をつくりだす。仮に同じ期間・期日に複数の有給申請が出てしまい、どうしてもやり繰りがつかない場合に、時季変更をお願いする人の選定のために聞く・・・・という程度にとどめるべきだ。

部下の出した有給休暇の申請をいったん、却下(トピックニュース)

数日前の事前申請を求めている会社が、風邪で休んだ当日を欠勤と扱わずに有給休暇で処理してくれたとしたら、それは確かにルールを曲げてはいる。しかし、それはある種の温情運用だ。こういう配慮を労働者側が「当然の権利」などと誤認せず、「ありがとう」と認識してくれれば、角突きあわすような労使関係にはなり難い。

就業規則はルールとして厳然と確立し、必ず守るべきものであると明確に労働者に知らしめる。あわせて法律的な権利もアナウンスする機会を設ける。それは絶対に必要だ。

その上で、諸般の事情を斟酌した運用を行うことは、決して悪いことではないと私は考えている。特に中小企業においては、働きやすい職場環境づくりの潤滑油として有効に作用するはずだ。

源田 裕久(げんだ ひろひさ)
社会保険労務士/産業心理カウンセラー アゴラ出版道場3期生

足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。2016年に法人化して、これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。公式サイト「社会保険労務士法人パートナーズメニュー」