“チェコのトランプ”と呼ばれる富豪、アンドレイ・バビシュ前財務相(63)の新党右派「ANO2011」が率いる少数政権が今月13日、正式に発足したが、同国の政情が安定に向かうか否かは不明だ。
チェコで10月20、21日の両日、下院選挙(定数200)が実施された。その結果、新党右派「ANO2011」が得票率約30%、78議席を獲得してトップ。それを追って、第2党には、中道右派の「市民民主党」(ODS)が約11・3%、第3党には「海賊党」、そして第4党に日系人トミオ・オカムラ氏の極右政党「自由と直接民主主義」(SPD)が入った。与党ソボトカ首相の中道左派「社会民主党」(CSSD)は得票率約7・3%で第6党に後退した。
総選挙後、連立政権発足を目指したベビシュ党首は2カ月余り、連立パートナー探しをしたが、見い出せなかったため、ゼマン大統領は今月13日、バビシュ党首を首相とした少数政権を発足させた。14閣僚から構成された少数政権はANO政治家と無党派の専門家から成っている。バビシュ新首相は、「われわれは他の政党の忍耐や譲歩を待っていない。新政権は今日から国のために働き始める」と述べている。同時に、欧州連合(EU)の難民受け入れの分担案に対しては、「受け入れることはない」と改めて強調した。
新政権発足後、議会に信任を問う信任投票を実施するまで最大30日間の時間が与えられるが、バビシュ新首相は来年1月10日に信任投票を実施すると明らかにしている。新首相は共産主義者とオカムラ氏のSPDの左右政党から支持の確約を得ているという。
なお、ソボトカ前政権で今年5月まで第1副首相兼財務相も務めた新首相にはEUの中小企業育成の補助金を横領した疑惑がかけられきた。そのことが他の政党の第1党与党との連携の最大の障害となってきた。
バビシュ首相は食糧、農業、化学関連企業など250社以上の企業が連携する同国有数の大企業 Agrofert-Holding の創設者だ。新政権を「Agrofert-Holding政権だ」と指摘する声も出ている。
議会200議席中、78議席しか有さないバビシュ少数政権は他の政党が一致して反対すれば、即解散に追い込まれ、早期選挙の実施となる可能性が高い。それに対し、ミロシュ・ゼマン大統領は今月25日の慣例のクリスマス演説で、「議会の早期解散、新選挙の実施を求める声があるが、有権者を嘲笑するものだ。大統領が首相に任命した人物との連携を拒否する政党は非常識だ」と強く批判。その上で「信任投票でバビシュ首相が敗北したとしても、私は彼を再び首相に任命する。同首相の少数政権は数か月後には安定政権となると確信している」と言い切っている。
ゼマン大統領(73)のバビシュ少数政権支持の狙いは、来年1月12,13日に実施される大統領選にゼマン大統領も再選を目指して立候補していることと密接に関係しているはずだ。ゼマン大統領は少数政権を発足させ、同国の政情を安定させることでその政治力を国民にアピールできる。もちろん、それだけではないだろう。反EU傾向のバビシュ首相と連携してチェコの外交重点をEUからロシア、中国寄りに路線修正できるチャンスと受け取っているかもしれない。
チェコは中欧に位置し、民主化後は国民経済も発展してきたが、同時に、社会の世俗化は急速に進展してきた。EUへの懐疑心も高まり、共通通貨のユーロ導入には消極的だ。難民政策ではハンガリーと共に難民受け入れに強く反対してきた。同時に、チェコでは冷戦後、神を信じない国民が増えた。ワシントンDCのシンクタンク「ビューリサーチ・センター」の宗教の多様性調査によると、チェコでは無神論者、不可知論者などを含む無宗教の割合が76・4%と、キリスト教文化圏の国で考えられないほど高い。
チェコは今年11月で民主改革(通称“ビロード革命”)から28年が経過した。欧米の資本主義文化、消費文化が席巻する一方、精神的支柱を失ってきた国民が多い。そこに“チェコのトランプ”と呼ばれるバビシュ氏が登場し、国のかじ取りを始めたわけだ。ロシアや中国寄りを見せるゼマン大統領の支援を受けたバビシュ少数政権は政権の延命のためこれまで以上に反EU路線を強めていくことが予想される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年12月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。