いわゆる「所有者不明不動産」が増加していることを受け、相続登記を義務化すべきだという意見が政府でも検討されています。
本稿では、相続登記が義務化された場合の影響について考えてみましょう。
前提として、相続人が多数いる場合で相続協議が整わなくとも「法定相続分での相続登記」は相続人の一人が単独でできるということをご説明します。
例えば、父が死亡して母と息子2人が法定相続にだとしましょう。
母でも子の1人でも、父名義の不動産の登記名義を「母二分の一、長男四分の一、次男四分の一」にすることが出来るのです。
相続人の誰かが反対しても、法定相続分での相続登記は可能です。
父が死亡すると、その時点で父の不動産は相続人らの共有になります(その後の相続協議を経て単独所有になったりします)。
民法252条は、「共有物の管理・保存行為」は共有者の一人が単独でできると規定しています。
法定相続分での相続登記は「管理・保存行為」にあたるので、相続人の一人が単独で手続ができるのです。
次に、登記業務を弁護士ができるか否かという点については、双方の縄張り争いがありましたが、「弁護士は、弁護士法3条に基づき、登記申請代理業務を行うことができる」(東京高裁1995年11月29日)という判決で決着が付き、弁護士も登記業務が出来ることになりました。
そこで、相続登記を義務化した場合の二通りのシミュレーションを考えてみました。
第一のシミュレーションは、弁護士と司法書士を巻き込んだ相続登記バブルが発生するというものです。
人員過剰で仕事が少なくなった弁護士たちが、この領域を見逃すはずがありません。
過払い金バブルの対象は多重債務者等といった限られた人たちでしたが、相続登記となると日本中のほとんどの人々が対象になります。しかも時効はありません。
けた違いで、かつ将来的に衰退しない市場を巡って、大規模事務所が乱立して仁義なき戦いが繰り広げられるでしょう。
当然、手数料引き下げ合戦も過熱するはずです。
第二のシミュレーションは、義務化に伴う手数料や手間暇に対する国民の大きな反発を受けて、相続登記手続の簡素化と無料化が図られるというものです。
登記手続きには登録免許税がかかります。
これが高いがゆえに仮登記で済ませて本登記をしないなどの便方が使われてきたことは、かの我妻栄先生も指摘しています。
「義務化するなら無料にしろ。司法書士や弁護士への手数料なんて払えるか!」という声が挙がるのはもっともなことでしょう。
そこで、政府は一般国民が無料で簡単に登記手続きができるよう法整備をします。
こうなると、一番影響を受けてしまうのが、今まで登記業務を収入源にしていた司法書士や弁護士です。
法整備等がなされれば、相続登記だけでなく移転登記なども(費用はともかく)手続きが大幅に簡略化されるので、専門家に依頼する人が激減します。業界はバブルどころか大衰退です。
以上、極端な二通りのシミュレーションを挙げましたが、どちらが正攻法かと問われれば後者であることは間違いありません。
本来、公的手続きやサービスの享受は、通常の一般国民が平易に行うことができるのが大原則です。
専門家の手を借りなければ公的手続きやサービスの享受が受けられないというのは、行政の怠慢以外の何物でもありません。
これは税務申告等も同様です。
AIやブロックチェーンなどの新しい技術の進歩は、一般人が平易かつ迅速に行政にアクセスできる方向を作り出すと予想されます。このような時代の流れに逆行することはできないでしょう。
このようなことを書くと、弁護士の同業者や司法書士から反感を持たれるかもしれません、しかし、これは個人的な希望や見解では決してなく、あくまで客観的見地に立脚した正論であると考えています。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年12月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。