参考までに、第2次世界大戦後の1951年、カトリック信者の割合は89.0%だった。ほぼ全ての国民がカトリック信者だったわけだ。それが2001年になると73.6%に減少し、10年後の11年は64.3%と、年平均人口の1%弱の割合で信者が急減していった。そして16年には58.8%まで減少したわけだ。

この減少傾向が続けば、カトリック教国オーストリアで10年後、信者数は人口比で50%を割ることはほぼ確実と予想されている。「教会の停滞」、「教会の危機」と叫ばれて久しいが、信者数の統計を見る限りでは、それを裏付けている。教会は年々、縮小しているのだ。

オーストリア教会が特別、教会離れが多いというわけではない。欧州のキリスト教会では程度の差こそあれ、同じ現象が見られる。特に、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、教会関係者がそれを隠蔽してきたことが明らかになると、教会に背を向ける信者は急増していった。アイルランド教会の「聖職者の未成年者への性的虐待報告書」が世界を震撼させたことはまだ記憶に新しい(「アイルランド教会聖職者の性犯罪」2009年12月15日参考)。

オーストリアでも当時同国最高指導者だったハンス・グレア枢機卿の性犯罪が明らかになると、教会の信者たちは動揺した。聖職者の性犯罪問題が報じられた直後の2010年教会脱会者数は8万5960人で過去最高だった。

ドイツ人のローマ法王ベネディクト16世の誕生で一時期、欧州教会も活気を取り戻したが、その法王在位期間に聖職者の未成年者への性的犯罪が次々と発覚していった。聖職者による性犯罪の犠牲となった信者と面会したベネディクト16世は涙を流したといわれている。オーストラリア教会の前最高指導者ジョージ・ペル枢機卿は現在、同国の検察所から未成年者への性的虐待容疑で起訴され、被告席に座っている(「『教会』は性犯罪の共犯者だった」2017年12月20日参考)。

ところで、バチカン法王庁から公表される世界の信者数は年々増加し、既に12億人を超えたという。その理由は、第1に南米教会やアジア、アフリカ教会で信者数が急増しているからだ。カトリック教会は発展途上国の宗教といわれだした。また、洗礼、婚姻、葬儀を教会で挙行するために教会員として留まっている信者は結構多い。教会は冠婚葬祭の宗教となってきた。

例えば、オーストリアでは毎日曜日のミサに参加する信者数は既に60万人を割っている。信者の10人に1人しか日曜礼拝に参加していないことになる。クリスマスや復活祭といった祭日以外、教会は閑古鳥が鳴いているのだ。

南米出身のローマ法王フランシスコは教会を立て直し、去っていった信者たちを呼び戻すことができるだろうか。81歳の高齢法王は重たい課題を背負っているわけだ。

戯曲「サロメ」、童話「幸福な王子」などで有名なアイルランド・ダブリン生まれの劇作家オスカー・ワイルドは「放蕩息子たちは必ず戻ってくるものだ」と皮肉を込めて書いているが、21世紀の放蕩息子たちが神に目覚め、真理を求め出した時、その受け皿となるべき教会は果たして存在しているだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。