ドナルド・トランプ米大統領は11日、移民問題を巡る超党派会合でアフリカやハイチなど南米出身国を「価値のない場所」(英Shit hole,独Drecksloch)と指摘し、物議をかもした。米大統領から侮辱された関係国ばかりか、世界各地から「人種差別発言だ」といった最高レベルの批判の声が挙がっている。当然の反応だろう。
トランプ氏の暴言には続きがある。「米国はノルウェーのような国から移民を受け入れるべきだ」と説明したと報じられると、トランプ氏から「移民として理想的」と評価された「ノルウェーとは」どんな国かといった質問が増えてきた。
ノルウェーはスカンジナビア半島の西岸に位置する細長い国だ。ゲルマン系ノルウェー人が全体の82%を占めている。教育水準が高く、社会福祉や生活水準など「人間開発指数」(HDI)でデンマークと共に常にトップを争っている。移民の受け入れを規制してからは移民の数も減少し、スウェーデンのように移民を受け入れ続けている北欧とは少し違う、同国は典型的な白色人種の国だ。そんな地上の楽園の国からわざわざ人種の渦が巻く米国に移民を希望するノルウェー人はいるだろうか。
ノルウェーの歴史を振り返ると、1882年、約2万9000人のノルウェー人が米国に移民した記録が残っている。最近のデータをみると、2016年には1114人のノルウェー人が米国に移民したが、1603人の米国人が同年、ノルウェーに移民している。移民の数では米国人の方が多いのだ。気候は別として、同国はある意味で理想的な国だ。トランプ氏が「米国にもっと移民を」と呼びかけても難しいだろう。
それでは、なぜトランプ氏はアフリカやハイチなどを侮辱する一方で突然、彼の口からノルウェーという国名が飛び出したのだろうか。理由は簡単だ。トランプ氏は前日(10日)、ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相と会談した。同首相からノルウエーが水力発電でほぼ全てのエネルギーを賄っていることを聞き、地球温暖化防止などで理想的な対応しているノルウェーという国に非常に感動を覚えたという。だから、11日の移民問題の会合でアフリカやハイチを侮辱する一方、米国に移民してくれたたらいい国として前日インプットした“ノルウェー”という国名が飛び出してきたのだろう。トランプ氏の記憶メカニズム(海馬)は非常にシンプルだが、明確だ。
トランプ氏の父方系はドイツ人だ。祖父フレデリック・トランプは1885年、ドイツから米国に移民した。トランプ氏は移民の子だ。その割には、過去、人種差別と受けとらえる発言を繰り返してきた。例えば、トランプ氏は2011年、オバマ大統領がハワイ生まれではなく、アフリカ生まれ(ケニア)だと指摘し、米大統領の資格がないと糾弾したことがあった。トランプ氏は当時、オバマ氏の出生問題で「人種差別者」という批判を受けている。「人種差別発言」は同氏にとって今回が初めてではないわけだ。
当方はスウエーデンやデンマークを訪問したが、ノルウェーはまだ訪れたことがない。ノルウェーといえば、あの歴代最悪の殺人事件の容疑者アンネシュ・ベーリング・ブレイビク受刑者の事件をどうしても思い出してしまう。彼は2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した(「ノルウェー国民を苦しめる『なぜ?』」2017年7月25日参考)。
トランプ氏はひょっとしたら知らないかもしれないが、「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問にノルウエー国民は今なお悩んでいるといわれる。どの国にも外からは理想的に見えてもその内を覗けば、国民がさまざまな苦悩や問題を抱えているケースが多いものだ。
いずれにしても、トランプ氏の暴言は、国際社会で余り報道されない北欧ノルウェーへの関心を高める契機となったことは間違いないだろう。
最後に、ノルウェー国民はトランプ氏の発言をどのように受け取っているだろうか。AP通信の配信記事を読むと、1人のノルウェー人が「米国で次期大統領が誕生したら、米国に移民を考えても……」と皮肉を込めて答えていた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。