京大研究不正③抜本的な教育・研究体制の見直しが必要だ

中村 祐輔

MAY 2017 – KYOTO, JAPAN: (Photo: Ko Sasaki / CiRA )

京大研究不正問題で、山中先生を支援する声は大きい。是非、踏みとどまって、患者さんの期待に応えて欲しい。

しかし、この種の問題が起きるたびに、研究者や大学の管理体制が問われ、管理の厳格化が求められるが、私は、これは間違いだと思う。大学の教官は、委員会業務や書類作成などの雑務(あえて、雑務と言いたい)で、すでに多大な時間を取られ、本来の教育・研究、そして診療(病院・医学部の場合)に身を削る形で取り組んでいる。

2時間で一つの製品を作ることのできる職人がいるとする。1日8時間で4個、1週間で20個、1か月で80+アルファ個、これは小学生でもできる計算だ。超過勤務を減らす方向であるにもかかわらず、種々の業務が増えて、1ヶ月に150個、200個の製品を作ることを強いているのが大学の現状だ。これに定員削減が重なり、さらに悪化する。仕事量が増え、人が減れば、当然、それぞれの質は低下する。しかし、みんな必死で頑張っている。くだらない管理業務をこれ以上増やしてどうするのだ。この際、「足の裏の米粒」に似たような雑務をすっきりと減らせばいい。

殺人・強盗・詐欺・ストーカー・飲酒運転など犯罪行為は悪いことだと誰でもわかっている(犯罪を繰り返す人には自覚がないかもしれないが)。道徳観が身についていれば、どこかで踏みとどまるはずだが、犯罪者の身勝手な行動原理が働いている。成人に達した人たちには、法的に犯してはならないことを理解すると共に、基本的な道徳観念を身につけていなければならない。朝起きてから、夜就寝するまで監視をして、不正行為をチェックするなどできるはずがない。今回の件など、上手に嘘をつく人間がいれば、絶対に防ぎようがないと思う。

性善説を信じたい人間にとっては、性悪説に基づいて、すべての部下を疑って考えることなど苦痛である。私は他人を騙されるくらいなら、騙された方がいいと思って生きている。もちろん騙されたことがわかった時には怒りがこみ上げるが、ストレスで血圧や血糖が上がっても我慢するしかないのが現実だ。もちろん、違法行為なら司法に訴えることもできるが、おかしな人間と戦うには、労力も、時間も、そして、民事なら、お金も必要になる。そして、それが無になることもある。別案件での自己体験から考えると、実にくだらないことだ。

大学での倫理問題も厳格化を進めれば、進めるほど、医師・研究者のみならず、事務職も、忙しくなっていき、自分で自分の首を絞めているような状況となる。ノートをチェックするような幼稚なことをするのではなく、毎週、研究の進捗について報告をさせて、ディスカッションをすれば、おかしなことに気づくだろうし、若手研究者の教育にもなるはずだ。事務的な手続きを増やすのではなく、研究者を育てるための基本姿勢を抜本的に変えることが必要なのではないのか?

この際、人を指導して、育てるために必要なこと見直すチャンスにすればいいのではないか。若い時にこそ、ノーベル賞が取れるような研究ができるはずだというご宣託の元に、一気に若手教授の数を増やす方向に舵を切った。しかし、教育や研究に重要なことは、立派に人を育てることのできる指導者を育てることではないかと思う。しっかりとした教育・研究の理念をもつ指導者を育てない限り、目先のことに目を奪われているだけでは、日本はジリ貧の道を辿るだけだ。書類による管理体制の強化ではなく、本質的、根源的に、人を育てることために何かが欠落している現状を見直す必要がある。

われわれの世代には、人間的に魅力のある指導者がたくさんいた。その人たちを通して、「教授になりたい、賞が欲しい」といった自己欲ではなく、患者さんのために、医学のために、国のために、「こんな指導者になりたい」という思いが湧き上がったものだ。

今、日本に人を育てることのできる指導者がどれだけいるのだろうか?繰り返して言うが、山中先生には踏みとどまって欲しい。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年1月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。