がんプレシジョン医療入門④遺伝的危険因子

遺伝的な危険因子を定義することは簡単ではないので、まず、わかりやすい例から紹介したい。食道がんには、喫煙と飲酒がリスク生活要因であることがよく知られている。これに、遺伝的危険因子が組み合わさった時に、食道がんのリスクがどのようになるのか図で示す。

まず、基礎知識として、アルコール(正確にはエチルアルコール;C2H5OH)は消化管から吸収された後、肝臓で、ADH(アルコール脱水素酵素)によってアセトアルデヒドに変換され、引き続いて、ALDH2(アルデヒド脱水素酵素)によってアセトアルデヒドから酢酸に変換される。そして、酢酸は水と二酸化炭素に分解され、体外から排出されます。エチルアルコールより、メチル基が一つ少ないメチルアルコール(CH3OH)も飲むと酔いを生ずるそうだが、決して飲んではいけない。

これは、メチルアルコールが、分解されてホルムアルデヒド、蟻酸になり、この蟻酸が有毒だからである。特に、視神経を損傷して失明につながる。もちろん、量が多ければ致死的である。日本が貧しかった頃、工業用のエチルアルコールを引用して、不純物として混入していたメチルアルコールのために失明するという不幸があった。これ以外にも、われわれに馴染みのあるアルコールとしてイソプロピールアルコールがある。消毒用に使われているので、鼻を突くようなアルコール臭を嗅いだことがあると思う。

さて、本題に戻るが、喫煙も飲酒もしない人で、食道がんリスクを比較すると、アルコール代謝酵素の食道がんリスク遺伝子多型を両方持つ人は、食道がんリスクが6.79倍に高まる。

(松田浩一ら、Gastroenterology、2009より改変)

遺伝的要因がないが喫煙・飲酒をする人は、食道がんリスクが、遺伝的・生活要因危険因子が全くない人の3.44倍である。大半の食道がん患者は、飲酒・喫煙のいずれか、あるいは、両方の生活要因背景がある。

そして、遺伝的・生活要因危険因子が4つ揃うとどうなるのか?図から明らかなように、これらの人は、食道がんリスクが、遺伝的・生活要因危険因子が全くない人の189倍となる。遺伝的な危険因子がそろっているが、飲酒・喫煙しない人と比較すると、飲酒+喫煙は食道がんリスクを約28倍高めるのである。3.44X6.79は23であるので、遺伝的な因子に、生活要因が加わるとそのリスクは相乗的に高まることがわかる。しかし、数字そのものは非常に高いように映るが、前回紹介した遺伝的決定因子に比べれば、これらのアルコール分解酵素の遺伝子の違いの持つ重みは小さい。

そして、これらのアルコール代謝酵素の遺伝子多型はどうすればわかるのか?実は、遺伝子を調べる必要はない。お酒を飲んで顔が赤くなる人と置き換えてもいいくらい簡単だ。顔が赤くなる人は要注意です。飲み過ぎないようにしてください(と、いつも自分に言い聞かせている)。

これ以外にも、多くのリスク要因がゲノム解析によって明らかにされているが、それぞれのがんのリスクを1.3倍、1.5倍に高めるレベルだ。たとえば、われわれのデータでは、肺がんのリスクを1.3倍程度に高める遺伝的多型がp63遺伝子(代表的がん抑制遺伝子p53の親戚のような遺伝子)とTERT遺伝子(染色体末端のテロメア合成に関わる;加齢と共にテロメアは短くなり、寿命と関係することが示唆されているが、がん細胞ではテロメアが長くなっており、生存に有利と考えられている)で見つかっている。1.3倍と言う数字を軽視する研究者がいるが、毎年7万人強が肺がんで亡くなっている。リスクが1.3倍というのは、年間5.5万人か、7万人かの違いである。リスクを知った上で、検診のあり方を変えていくのが、プレシジョン医療である。

2006-2008年に診断されたケースで見ると、肺がんの男性患者の5年生存率は依然として30%弱だ(女性の場合には40%を超えているが、これは、EGFRに異常のある割合が高く、それに対する分子標的治療薬が有効に働いているからであろう)。リスク診断、がん検診率の向上による早期発見が、まだまだ、不十分だ。

そして、禁煙対策が遅れている。そして、受動喫煙に関して、国立がん研究センターと日本たばこの意見が対立している。国として、情けない話だ。

(国立がん研究センター)受動喫煙と肺がんに関するJTコメントへの見解

能動喫煙では、喫煙が肺がんリスクを4倍前後に高めていることは国際的に認知されている。受動喫煙はどのような形で晒されているかによって評価は難しいが、科学的に思考すれば、リスクがないと考えるには無理がある。もちろん、疫学的にしっかりした数字を求めるJT側のコメントは、タバコを売る側として当然の反論だろうが、自分で吸った人のリスクが高い以上、間接的に吸った人に害がないと考えるのは科学的な節理にかなっていない。中釜理事長には、日本の研究者・行政者を代表する形でもっと頑張って欲しいものだ。

PS; 京大不正問題は、山中先生辞職には至らず、よかった。しかし、給料を寄附するのはいかがなものかな?と思う。管理職として当然の義務を果たしたのだし、論文不正には一義的責任はないのだし。これまでも似たような例があったし、これからも類似のことが必ず起こる。その度に、所長・センター長・学部長・学長が給料返上という「悪しき前例」になると困るのでは?


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。