国民の楽観主義を生む経済目標の偽装

参議院で施政方針演説をする安倍首相(首相官邸サイト、編集部)

政府、日銀は作り話をやめよう

先進国で最悪の財政赤字、それを支える日銀の国債の最大級の購入という異常な政策に、多くの国民は「実際には危機は起きていない。騒ぎすぎ。株だって上がっているではないか」、という意識でしょう。楽観的な国民の意識の発生源は、政府、というより官邸、さらに日銀などが「どうにかなります」と、作り話のような目標を掲げ続けていることにあります。

こんなことを書くのは、内閣府が財政健全化の新たな目標時期の作成に着手したからです。大幅な先送りになります。さらに黒田日銀総裁が任期切れの前の記者会見で「強力な金融緩和を粘り強く続ける」と、断言したからです。それで心配になりました。

トランプ米大統領は、「2017年フェイクニュース(偽ニュース)賞を発表し、CNNやニューヨーク・タイムズなどによる10本の報道を批判しました。日本ではどうでしょうか。デフレ脱却の指標としている物価上昇率2%の達成時期を、日銀はもう7回、計4,5年程度も先送りしました。見通しの誤りというより、作り話に近い。

非現実的な前提で試算

作成に着手した財政再建目標も、試算の前提になる経済成長率が名目3%台に設定されています。90年代初頭のバブル期の高い成長率です。それではあんまりだということで、2%台の試算もあります。それだと目標年次の2027年度は8兆円台の赤字(基礎的財政収支)なってしまい、財政再建とは程遠くなります。

しかも、異次元金融緩和によるゼロ金利です。国家予算が支払う利払い費は、極めて少額になっています。経済成長率が、2とか3%へと、上昇していけば、国債金利も上昇しますので、利払い費が増え、財政赤字を膨らます要因になります。将来金利を織り込んだ見通しが必要なのに、官邸はそこまでは踏み込めないでしょう。

日銀は2%物価目標の達成が絶望的になっているにも関わらず、半年とか1年とか、小刻みに先送りし、デフレ脱却が間近であるような印象を国民に与えてきました。だから日銀の購入する国債残高が400兆円、500兆円と膨張していっても、国民は「転機は近いから安心だ」との錯覚を抱き、危機感が一向に高まってこなかったのです。

北朝鮮の核ミサイル、少子高齢化を安倍政権は国難と呼びました。デフレは国難であり、その脱却が政権とって重要な課題です。海外環境の悪化、国内経済状況の悪化、防衛予算の増大、働き手の不足と並べてみると、太平洋戦争時にも似てきます。

撤退を転進といった過去の再現

最近、「戦争調査会−幻の政府文書を読み解く」(講談社新書、井上寿一著)が発刊されました。「日銀引き受けによる戦時国債の発行の結果、戦争遂行を楽に考えた」(調査会報告)という反省が改めて指摘されています。デフレ対策のためといって、日銀が事実上、国債を引き受け、国家予算を支えている現在の姿とどこか似ています。

1942年、米軍の猛攻に耐え切れず、南太平洋の拠点、ガダルカナル島を日本軍が放棄しました。つまり撤退なのに、大本営は「転進」と発表したという有名な実話も談話で採録されています。日銀はとっくに断念すべき物価目標の先送りを続けています。単純な比較は無理にしても、撤退を転進と言い続けた軍部の姿と重なるような気がしてなりません。

官邸と日銀は、正直に現状を伝えるべきだと考えます。「財政再建に必要な経済成長率3%はおろか2%さえ、達成は危うい。無理して財政拡大をすべきでない」、「消費者物価2%上昇は願望であり、実現可能な目標ではないことが立証されつつある。先進国は低成長で、どこも物価が上がらない」。

さらに「株高は海外要因および、異次元金融緩和によるカネ余り、年金基金や日銀による株買いの結果であり、アベノミクス本来の成果とは異質である」、「日銀に国債を買わせ過ぎた。引き返すべき時にきている」。こんなところでしょうか。

まともな経済学者、識者はみなそういっています。政治家が逃げ回っているのです。そこまで言われて、国民も目を覚ませば、社会保障改革は急務、消費税10%は不可避と認め、与野党ともに選挙戦に持ち出せる環境が整ってくるでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。