「大林組課徴金全額免除されず」でリニア談合独禁法での起訴は“絶望”か

郷原 信郎

Wikipedia:編集部

JR東海が発注する中央新幹線をめぐる談合(リニア談合)事件については、当ブログの【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】でも、「不当な取引制限」の犯罪構成要件に照らしても、リニア工事をめぐる「競争」の実態からしても、独禁法違反の犯罪とらえることは困難であることを詳述したし、日経BizGate【「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス~本当に「日本社会が腐る」のか~】では、独禁法の法目的である「公正かつ自由な競争」を前提とするコンプライアンスの観点からも、このリニア工事をめぐる問題は独禁法違反ととらえるべき事件ではないことを指摘した。

しかし、東京地検特捜部の動きに関しては、年明けから、他地検からの応援検事が動員されて捜査体制が増強され、独禁法違反での立件に向けての捜査は本格化していると報じられている(読売新聞【捜査態勢増強、準大手・中堅聴取へ…リニア談合】など)

そうした中、1月29日に、産経新聞が、【大林組、真っ先に自主申告も刑事訴追免除されぬ可能性も 課徴金、免除でなく30%減額】と題する記事を掲載した。

この事件については、12月8日、東京地検特捜部が大林組に「偽計業務妨害」の容疑で捜索を行った直後に、同社が、単独で、公取委に課徴金減免申請(自主申告)を行ったと報じられていた。それによって「課徴金全額免除」「刑事告発免除」の恩典を獲得した同社は、今後も、検察や公取委の捜査に対して独禁法違反の事実を全面的に認めるものとみられ、他の3社が、期限までに大林組に続いて減免申請を行うかどうかに注目が集まっていた。

産経新聞の上記記事によれば、大林組は、課徴金の全額免除ではなく、30%減額にとどまり、刑事告発も免除されないとのことだ。それが事実だとすると、リニア談合の独禁法違反事件の今後の捜査に大きな影響を生じることになる。

そこで問題になるのが、他社に先がけて減免申請を行った大林組が、なぜ課徴金全額免除・告発免除にならないのかである。

産経新聞の記事は、

調査開始前に自主申告するためには、違反行為の概要を記載した「様式1号」と呼ばれる申請書類を提出。さらに公取委が通知する期限までに、不正行為に関与した自社や他社の役職名や時期などを明記した詳細な報告と営業日報などを添えた「様式2号」を提出しなければならない。

大林組は昨年12月8、9日、名古屋市の「名城非常口」新設工事の入札で不正があった疑いがあるとして、偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部の強制捜査を受けた後、公取委に様式1号を提出したとみられる。

だが、様式2号の提出期限前だった同月18日に特捜部と公取委が独禁法違反容疑で大林組などの大手4社の一斉捜索に着手。この日が調査開始日となってしまったため、様式2号の提出ができなくなり、結果的に刑事訴追免除の対象から外れたとみられる。

としているが、しかし、この見方は、明らかに誤っている。

独禁法7条の2 10項では、課徴金が全額免除となる申請の要件について

公正取引委員会規則で定めるところにより、単独で、当該違反行為をした事業者のうち最初に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行つた者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後に行われた場合を除く。)であること。

と規定している。

カッコ内が「一番目の申請者が全額免除とはならない場合」だが、これに該当するのは「事実の報告」(様式第1号及び様式第2号)及び「資料の提出」(様式第2号に添付)が、いずれも調査開始日以後の場合であり、第1号様式の報告だけでも調査開始日前に行われていて、公正取引委員会が申請者に通知した期限内に第2号様式による事実の報告と資料の提出が行われていれば、全額免除の資格はある。

実質的に考えてみても、様式第1号を提出した事業者が、様式第2号の提出について公取委側が一定期間の猶予を与えているのに、その期間内に公取委が調査を開始したら、全額免除の権利を失ってしまうというのであれば、減免申請した事業者の立場は著しく不安定なものとなる。他社に先がけて課徴金減免申請を行うインセンティブも著しく損なわれる。

「資料の提出」が調査開始後だったことは、課徴金全額免除を否定する理由にはならない。

では、大林組は、なぜ課徴金全額免除にならないのか。

課徴金減免制度は「事業者自らがその違反内容を報告し,更に資料を提出することにより,カルテル・入札談合の発見,解明を容易化して,競争秩序を早期に回復すること」を目的とする制度だ。

事業者が、他社に先がけて、調査開始前に違反内容を報告し、資料も提出したのに課徴金全額免除にならないとすれば、その理由は、報告の内容が、カルテル・入札談合の「違反の報告」として十分なものと評価されなかったということであろう。

その事由として考えられるのは、当初の減免申請での申告が、個別の入札についての申告であって事業者間の相互拘束により「一定の取引分野における競争」を制限するような内容ではないとされたことだ。

リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】でも述べたように、入札談合に関する従来の公取委の実務では、「一定の範囲の入札取引」について談合を行うことについての事業者間の合意があり、実際に談合が行われている場合に「不当な取引制限」が成立し、「個別の入札取引にかかる談合」の事実だけでは、「不当な取引制限」は成立しないとされてきた。大林組は、名古屋市の「名城非常口」新設工事の入札で不正があった疑いがあるとして、偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部の強制捜査を受けた後に、公取委に様式1号を提出したとのことだが、この際の申告の内容が、この「名城非常口」新設工事の入札についての談合だけであったとすると、大林組の当初の申告は、「独禁法違反の申告」とは認められない可能性がある。

公取委の過去の行政処分の事例の中にも、課徴金減免申請を規則が定める様式に従って行ったのに、減免の対象となる「報告及び資料の提出」とは認められなかった事例がある(2012年9月24日「積水化成品工業(株)に対する課徴金納付命令」)。違反事業者側が、一定の範囲の入札取引について入札談合を継続的に行っていたことが不当な取引制限に当たるとされたものだが、積水化成品工業の減免申請は、そのうち一物件だけの談合を申告したものだったため、法が規定する「報告及び資料の提出」とは認められなかった可能性がある(談合についての具体的な事実が全く記載されていなかった可能性もあるが、申請する以上考えにくい。)。

大林組の調査開始前の減免申請についても、個別の入札取引だけについての談合を申告するものだったために法が規定する「報告及び資料の提出」と認められず、課徴金全額免除の対象にならなかった可能性がある。

大林組の当初の課徴金減免申請が、公取委に、そのような理由で、「違反の報告」に該当しないと判断され、全額免除が否定されたとすると、今後の検察捜査に大きな影響が生じることは必至だ。

課徴金減免申請は、事業者の重大な利害に関わるものなので、その時点で可能な限りの社内調査を行い、慎重な判断の末に減免申請に至るのが当然だ。大林組も、当初の申請を行うに当たって、必要な社内調査を行った上で、弁護士の助言も受けて独禁法違反の成否等について判断し、弁護士を代理人として申請を行ったはずだ。

その際、リニア工事をめぐる問題が、検察が当初の捜索の容疑事実にしていた「名城非常口」新設工事という個別の案件についての不正にとどまるのか、リニア工事全体についてのスーパーゼネコン4社間の合意があったのかが、独禁法違反の刑事事件に発展するかどうかの最大のポイントであることは当然認識していたはずだ。

そこで、大林組が「リニア工事全体についての4社間の合意」を申告し、それが事実だったとすれば、同社の課徴金減免申請は全額免除・刑事告発免除という結果になるはずである。申告がそのような内容ではなかったのは、その時点での大林組関係者の認識が、談合は個別の物件について行われたにすぎず、「リニア工事全体」についての談合の合意はなかったと認識していたからだと推測できる。

課徴金全額免除が認められていれば、大林組としては、関係者が検察にどのような供述をしても、自社の利害にはほとんど関係がなかったはずだ。しかし、それが認められないことになると、検察の取調べにも慎重に対応せざるを得なくなる。それどころか、当初の減免申請の段階で申告した事実と、検察の捜査に対して最終的に認める事実との乖離が大きければ大きいほど、当初の減免申請の段階での調査や申告内容が不十分だったことの問題が指摘されるリスクが高まることになる。

リニア工事をめぐる事件を、独禁法違反の犯罪として起訴することが極めて困難であることは【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】等でも指摘してきたところだが、検察にとって「最大の拠り所」は、偽計業務妨害での強制捜査を発端に課徴金減免申請を行った大林組が、課徴金全額免除・告発免除の恩典を確保するために、「リニア工事全体についての談合」を全面的に認める供述をすることだったはずだ。

しかし、その大林組が、当初の減免申請によって課徴金全額免除が受けられなかったということになると、大林組側にとっては、大成、鹿島の2社が一貫して否定している「リニア工事全体についての4社の談合の合意」を、敢えて認めるメリットはなくなる。それどころか、大林組の役職員の供述を根拠に起訴され「リニア工事全体についての4社の談合の合意」という独禁法違反の事実が認定されるとすると、自社の役職員から事実確認を行った上で行われたはずの当初の減免申請時の大林組の対応に不十分な点があったことになる。そのために課徴金納付命令や刑事告発を受けたということになると、株主からの責任追及を受けるリスクも生じかねない。

産経新聞が報じるように、大林組に対する課徴金が全額免除されず、刑事告発も免れないということになったとすれば、リニア談合事件の捜査を進める検察に「最大の武器」を提供するはずだった大林組は、「進退両難の危機」にさらされていることになる。もともと著しく困難であったこの事件の独禁法違反での起訴は、“絶望的”になったと言わざるを得ない。