【映画評】ナチュラルウーマン

The 61st BFI London Film Festival in partnership with American Express® will take place in venues across London from 04-15 October 2017.

チリ、サンティアゴ。ウェイトレスをしながらナイトクラブで歌っているトランスジェンダーのマリーナは、年の離れた恋人オルランドと暮らしていた。だがマリーナの誕生日を二人で祝った夜、オルランドが急死してしまい、大きなトラブルに巻き込まれる。最愛の人を亡くした悲しみの中にあるというのに、オルランドの死に関して、病院や刑事から疑われ、オルランドの元妻や息子たちから、蔑みの言葉をぶつけられる。思い出のつまった部屋から追い出されそうになり、葬儀に参列することさえ禁じられてしまったマリーナは、何とかして最期の別れを告げたいと願うのだが…。

差別や偏見にさらされながらも誇り高く生きるトランスジェンダーの主人公を描く「ナチュラルウーマン」。ゲイであるがゆえに恋人の葬儀に参列できないという設定は「シングルマン」と同じだが、あれは60年代の話。本作は現代なのだから、同性愛やトランスジェンダーに関して随分理解が深まったとはいえ、世間の偏見や差別はまだまだ残っているのだ。マリーナはただ愛する人の死をきちんと悼みたいだけなのに、詮索され、侮辱され、果ては暴力まで受ける。それでも彼女は決して卑屈にならず困難な状況に立ち向かおうとするのだ。そんなマリーナの状況を、象徴的な映像で表しているのが、激しい向かい風の中を歩き続ける姿である。「お前は何者だ?!」と問われて「人間よ」と即答するマリーナの誇り高い顔は、神々しいまでに美しい。

映画はラテンアメリカ特有の不思議な感覚、いわゆるマジックリアリズム的な世界観に満ちていて、マリーナの心情を映し出すメタファーとして鏡が、彼女が常に愛と共にある証として、なんとオルランドの亡霊が、ごく自然なたたずまいでしばしば登場する。また、印象的な音楽が多数登場するが、映画の最後にマリーナが歌うヘンデルのオペラ「セルセ」の中のアリア「オンブラ・マイ・フ」がとりわけ秀逸だ。暑い日に木が作ってくれる木陰への愛を歌うこのアリアを聞くと、マリーナが休息できる場所の存在を願わずにはいられない。実際にトランスジェンダーの歌手であるダニエラ・ベガが素晴らしく、どんな逆境にも負けない美しいヒロインとして抜群の存在感を示していた。
【80点】
(原題「A FANTASTIC WOMAN/UNA MUJER FANTASTICA」)
(チリ・独・西・米/セバスティアン・レリオ監督/ダニエラ・ベガ、フランシスコ・レジェス、ルイス・ニェッコ、他)
(不屈度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年2月27日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Twitterから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。