サッカー心理学評論:ハリル監督に足りない日本人論

杉山 崇

6月にFIFAワールドカップ・ロシア大会を控える中で、サッカー日本代表・ハリルジャパンの迷走が話題を集めています。ハリル監督は現役時代にはフランス・リーグで得点王を獲得するなど名選手で、2010年ワールドカップではアルジェリア代表を率いて史上初のベスト16に導きました。母国でないサッカー新興国の代表監督で功績を上げたことが評価されて日本代表監督に就任したわけですが、本番3ヶ月前になっても未だにチームの形が見えてきません。マスコミからもファンからもハリル監督は批判の嵐にさらされています。ここでは、ハリル監督は一体何を取り違えたのか、どうするべきだったのか、心理学的に考えてみましょう。

ハリル監督の3つのコンセプトvs日本人最大のアドバンテージ

監督は「縦に早い攻撃」、「デュエル(1vs1の真剣勝負)」、「調子のいい選手の起用」をコンセプトにしているようです。「世界と戦える」と自信も持っているようです。ただ、この方針に合う選手が少ないせいか、未だにチームの核となる選手も定まっていないようです。

心理学と社会科学を専門とする私には、今のハリルジャパンはこの3つのコンセプトにこだわることで、日本人の持つアドバンテージを消してしまっているように見えます。サッカーに限らず、日本人の最大の長所でもあり欠点でもあるのが「世間体と恥の文化」です。世間体や恥を気にすることは、チャレンジを阻害する遠慮や責任の回避をもたらすのでマイナスに捉えられることがあります。しかし、「恥ずかしくて生きていけない」「世間体を失ったらここにいられない」と人の目を気にすることには2つの大きなメリットがあるのです。1つは個人を組織に強くコミットさせる力になること、そしてもう1つが仲間に喜ばれることを自分の力に変換することです。どちらも、強い団結力を生み出すものです。

日本人のアドバンテージとは、どこの国よりも強く団結したチームを作れることなのです。高度成長期に日本企業が世界で躍進した秘訣も、大きくくくればこの力なのです。サッカーがマイナースポーツだった時代から、日本のサッカーの長所は組織力、すなわちチームワークと言われていました。ハリル監督のコンセプトはもちろん重要ですが、日本人の最大のアドバンテージを手放してまで大事にするものではないと言えるでしょう。

団結するには「核」が必要だが…

団結したチームを作るには、精神的にもパフォーマンス的にもチームの魂のようなものを体現できる中心選手が必要です。ただ、未だにチームの核となれているのはボランチで起用されている長谷部選手のみと言われています。長谷部選手は素晴らしい選手ですが、所属チームで評価されているポジションはディフェンスラインの中央に位置するリベロです。代表チームでは違う役割を求められることになります。

また、年齢で何かを評価することは無意味ですが、サッカー選手の場合は接触プレーの頻度が高いため怪我がつきものです。30代も半ばに入ると「古傷」が蓄積しがちでアスリートレベルでは無理が効かなくなることもあります。心理学的にも動体視力が落ち始めることもある年齢です。自分のプレーに集中する必要もあると思われるので、一人で核を担うのは厳しいと言わざるを得ません。

つまり、本大会3ヶ月前のタイミングで核となる選手が居ないのです。「どこの国よりも団結した組織力あふれるチーム」は期待できないでしょう。

困ったときの鉄則!成功したときを上手に振り返る

日本代表を初めてワールドカップベスト16に導いた(自国開催ではありましたが)トルシエ氏は危機管理能力と組織のためのプレーに徹する明神選手を重用し、「理想のチームは明神が8人いるチームだ」とさえ言いました。トルシエ氏の強烈過ぎるキャラクターもあってこの提案は霞んでしまいました。ただ、日本がベスト16にたどり着いた2002年大会も、2010年大会の第2次岡田ジャパンも、規律と団結の中でそれぞれが自分の役割を活き活きと果たす団結したチームでした。残念ながら、3月のマリ戦を見る限りハリル監督は日本人のアドバンテージではなく、全く別の何かを見ているように思えます。

ハリル監督の3つの方針で結果を出せるのは、爆発的なスプリント力を誇るアフリカ系の選手たちなのかもしれません。「縦に早い」については、アフリカ系の選手はとにかく早く強いので精度の悪いロングボールでも追いついて、攻撃を展開してくれます。身体能力が高いので当然デュエルにも強い。調子が良ければ身体能力でゲームを何とかしてくれる…全てアフリカ系の選手にアドバンテージをもたらす方針と言えるでしょう。
ハリル監督はマリ代表戦の結果を受けて、自分が指揮しているのはアフリカのチームではないことを痛感しているのかもしれません。できれば、「日本人のチーム」であることを改めて認識し、日本人の最大のアドバンテージを過去の16強進出体験を振り返る中で見つけてもらえればと思います。チーム作りの時間は残りわずかですが、危機感が団結力を生みチーム力を高めてくれるのを期待して見守りましょう。

杉山崇(心理学者・臨床心理士)

神奈川大学人間科学部教授

公益社団法人日本心理学会代議員・日本学生相談学会理事・日本メンタルケア学術学会理事
脳科学と融合したうつ病の次世代型サイコセラピーの研究やTV・雑誌などマスメディアでの心理学解説で知られる。