金正恩氏の留守中「誰」が平壌を管理

長谷川 良

北朝鮮の金正恩労働党委員長は25日から28日、2011年の実権掌握後初の外国訪問として中国を非公式訪問した。北朝鮮発の特別列車が北京に到着した時、誰が乗っているかで国際メディアはスクープ合戦を展開したが、ホスト国・中国国営新華社通信が28日、金正恩委員長の中国訪問を公式発表してその謎解きは幕を閉じた。

▲金正恩氏の訪中期間、留守番役を果たした金与正氏(右から2人目、2018年2月11日、ソウルで、韓国大統領府公式サイトから)

▲金正恩氏の訪中期間、留守番役を果たした金与正氏(右から2人目、2018年2月11日、ソウルで、韓国大統領府公式サイトから)

北朝鮮の朝鮮中央通信が同日公表したところによると、金正恩氏の訪中には「ファースト・レディ―の李雪主夫人のほか、崔竜海党副委員長、朴光浩党副委員長、李洙ヨン党副委員長、金英哲党副委員長兼統一戦線部長ら」が同行したという。

日韓メディアで特別列車が目撃されて以来、金正恩氏か、ひょっとしたら妹の金与正党第1副部長が乗っているのではないか、といった憶測報道が流れた。与正氏が金正恩氏の親書を携えて韓国の文在寅大統領と会談したシーンを思い出すと、与正氏が特別列車に乗って北京入りし、習近平国家主席に兄からの親書を手渡す場面があってもおかしくないからだ。しかし、今回は与正氏の姿は北京に見られず、平壌に留まっていた。

金与正氏が平壌で留守番をしていたという事実は、彼女が親書をもって北京入りしたと同じぐらいの重要な意味がある。
金正恩氏が3日間、平壌を留守にし外国訪問中、という情報は北では最高級の国家機密だ。一部の最側近しか知らされていなかったはずだ。なぜなら、首領様の不在が部外に漏れると厄介な事態が起きる危険性が完全には排除できないからだ。

金正恩氏が国内にいないことが分かれば、金正恩氏に日頃から批判的な軍幹部や労働党幹部たちがどのような考えに捉われるかを考えてほしい。軍クーデターもあり得るし、何らかの反乱が画策されるかもしれない。だから、独裁者は事前に海外訪問の日程を公表しない。公表は常に訪問が終わった帰国後だ。すなわち、「これから訪問します」ではなく、「われわれの首領様は訪問されました」という過去形とならざるを得ないわけだ。

海外訪問だけではない。独裁者が飛行機に乗った場合もそうだ。独裁者が1メートル地上から離れると、その安全は100%保証できなくなる。独裁者の強権も地上を離れた瞬間、もはや地上のようには効果を発揮できなくなるからだ。金正恩氏の父親・金正日総書記が絶対に飛行機に乗らなかったのは臆病だったからではなく、墜落させられる危険性があったからだ。独裁者は陸を離れ、自分の支配が届かない空や海に飛び出すことへの強い恐怖心を持っている。

北朝鮮の朝鮮中央通信は金正恩第1書記が朝鮮人民軍の潜水艦部隊第167軍部隊を視察し、潜水艦に乗艦したことを写真付きで報じたことがあった。当方は以下のようなシナリオをこのコラム欄で書いた。

金正恩氏が潜水艦に完全に乗り込み、潜水艦と共に洋上に出た。陸では第1書記を見送る軍関係者が息を潜めて潜水艦を見つめている。そして潜水艦が完全に海の中に消えた時(視界から消えた時)、潜水艦を見守っていた軍関係者の中から1人の青年将校が立ち上がり、「これからは私が母国を指導していく」と表明した。軍クーデターが北で初めて起きた瞬間だ、それも無血革命だ。

独裁者は陸で軍クーデターが起きたことを知らず、初めて体験する海の世界の神秘を満喫しながら側近と酒杯を交わす。数時間後、そろそろ退屈してきた。金正恩氏は陸に戻るように艦長に命令した。潜水艦は次第に浮上する。潜水艦は完全に浮上し、ハッチが開けられた。金正恩氏は外の空気を吸おうと立ち上がった時、そこは第167軍部隊の駐留地ではなく、政治犯収容所に近い埠頭だった(「金正恩氏が潜水艦に乗艦した時」2014年6月18日)。

潜水艦の話は2014年6月だ。あれから約4年が経過する。金正恩氏の権力基盤は一層強固となったとみて間違いないだろう。国内の治安を完全に掌握していない時には絶対外遊しないからだ。

ところで、金正恩氏が平壌を留守中、その留守を預かったのは妹の与正氏だったのではないか。これが確認できれば、韓国のメディアで「北のイバンカ」と呼ばれる金与正氏が実質的には既にナンバー2の地位にあるといえるだろう。
平壌の金正恩氏の執務室で与正氏はひょっとしたら金永南・最高人民会議(国会に相当)常任委員長と一緒に業務を遂行し、国内の治安状況に目を光らせていたのかもしれない。

いずれにしても、独裁者が自国を留守にする時、誰がその留守番役を担うかは、その独裁政権の政情を知る上で非常に重要な情報を提供するという話だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。