現在、サウジアラビア(以後サウジ)に1600人のパキスタン軍が駐留している。その目的はサウジ軍への軍事面での指導並びに演習の強化ということになっている。ところが、サウジ政府は更に1000人のパキスタン軍の追加を要請したという。
その目的が今一つ明確にされていないのであるが、専門家の間では、昨年11月に汚職解明を口実にムハンマド・サルマン皇太子の主導でサウード家の王子や経営者ら400人近くをリヤドのリッツ・カールトン・ホテルに拘束したことと関係があると見られている。
一方、パキスタン議会の野党の間では特に自国の軍隊の派遣に強い懸念を示している。理由は、サウジが現在紛争中のイエメンへの武力介入にパキスタン軍も参加させるのではないかという疑いからである。パキスタン政府のダスタジル国防相は野党議員からの質問に対して「我が軍がサウジ国内のどこに駐留するのか私には分からない。しかし、サウジ国内に留まることは保障する」と述べて、イエメンへの派遣を否定した。
サウジがパキスタンを頼りにする背景には、両国は長年強い絆で結ばれているからである。例えば、パキスタンの核開発の資金はサウジから出ていたという経緯もある。
また、サウジがイエメンに武力介入を開始してから望ましい結果が出ていないのを見た時にも、サウジはパキスタンに軍隊の派遣を要請した。この時は、イエメンへの侵攻にパキスタン軍も派遣されると明白に分かっていたので、パキスタン政府はそれを断った。理由は、パキスタンはイランと国境を接しており、イランからの原油の供給も受けている。そしてイエメンのフーシ派はサウジの敵であるが、そのフーシ派を支援しているのはイランである。このような錯綜した外交関係の中で、イエメン紛争への参加が明白に分かっているところにパキスタンは自国軍を派遣できないという理由があった。
しかし、今回はサウジの要請を受け入れて、上述したようにパキスタンは自国軍を派遣した。そしてさらに軍隊の派遣追加も準備しているという。即ち、パキスタン政府がサウジからのこの要請を受け入れたということはイエメンへの侵攻とは関係ないということを理解しているからである。
2015年に本部をリヤドに置いて設立された対テロ・イスラム軍事連合国防相会合(IMCTC)の理事長はラフィール・シャリフという人物で、彼はパキスタン軍の最高司令官を務めた経験を持ち、サウジのサルマン皇太子と信頼関係が厚いとされている。この両者の関係から、サルマン皇太子のパキスタン軍の派遣を希望する理由が何かシャリフ理事長は充分に理解しているはずなのである。
それは公表されていないので、外部からでは不明である。しかし、専門家の間で憶測されているのは、昨年11月の400人近い人物を上記のホテルにほぼ二カ月拘束したということで、それまでサルマン皇太子の味方であったサウード家の王子までもが彼の政敵となり、彼は暗殺されることも警戒せねばならなくなっているということなのである。実際、3代目のファイサル・ビン・アブドゥルアジーズ国王はサウード家の甥っ子によって殺害されたという事例もある。
しかも、サルマン皇太子がサルマン国王の庇護のもと彗星のごとく現れて実権を握るようになったことにサウード家の中でもそれを快く受け入れていない王子が結構いるという。
そのような事態に発展して、自国の軍隊でさえも信頼できないと感じるようになっているサルマン皇太子は彼の護衛兵としてパキスタン軍の派遣を要請したというのが理由だと専門家は見ているのである。
問題の拘束事件も汚職の摘発が目的であれば事体を公にすべく拘束された381人の名前も明らかにされるはず。ところが、拘束された人物の名前が公にされたのは僅か34人となっている。その中にはサウード家の11人の王子がいて、彼らは建国者の孫や歴代国王の息子や甥っ子たちであった。更に4人の現閣僚や軍人将校や企業経営者らも含まれていた。
拘束された人物の中で最大の注目を集めたのは170億ドル(1兆7900億円)の資産を持つとされているアル・ワリード・ビン・タラル王子である。彼はサルマン国王の甥っ子であり、彼の父親タラル王子はサルマン国王とは5歳違いの兄である。
父親タラル王子は彼の息子を拘束し資産を没収しようというサルマン皇太子の振舞いに強く憤りを感じ、「サルマン皇太子が汚職の摘発を口実にして圧政を施行しようとしていることに対し、周囲に注意を喚起させる必要がある」と友人らに語っていたという。そして、その非道を絶食することで抗議したのである。
息子のタラル王子は拷問もかけられ医者の介護も受けたという。同じホテルに拘束されている彼の娘が手錠を掛けられている写真も見せて彼から多くの資金を没収しようとしたようだ。
80日間拘束された後、解放されることが明白になった時点でロイター記者のインタビューを受けた時に彼が最初に発した言葉は「すべて誤解が理由だった」「すべて上手く行っている」と虚言がすぐに分かる内容であった。また、BBCとのインタビューで拘束されているホテルの各部屋を見せ、ペプシを飲みながらケチャップやからしの小袋を見せてそれを拘束されていた期間中は口にしていたような仕草を見せていたが、彼は潔癖な菜食主義者で清涼飲料水や調味料などは一切口にしない。それを良く知っている人物から見れば彼が虚偽の行動を取っているというのが直ぐに分かるのであった。それを敢えて行って無言の中でビデオを介して公けに彼の意に反して拘束されていたことを伝えようとしたのであった。
息子のタラル王子からは60億ドル(6300億円)しか没収しなかったと言われている。彼はそれをも否定している。
結局、サウジ政府は当初8000億ドル(84兆円)を押収すると言っていたが、その後4000-3000億ドル(42-31兆5000億円)まで下がり、最後は1060億ドル(11兆1000億円)だと言っている。しかし、この金額も疑わしくなっている。
サルマン皇太子の真の狙いは資金の押収という以上に重要なのは彼に服従させるということなのである。拘束させて拷問などにかけて彼への服従を誓わせ、その上に資金を没収する。解放された後も、彼に服従しない場合はまた同じように拘束して資金を没収する用意があるとうことを拘束された相手に伝えるのがサルマン皇太子の真に狙であったようだ。
しかし、その結果得たものはサウード家の分裂である。サルマン国王とサルマン皇太子を囲むサルマン家の孤立を導く今回の拘束であった。そして、サルマン皇太子は反逆を恐れたのか軍の指揮部も彼に忠実な人物をそこに就かせている。
そしてサルマン皇太子は外国からの支援を確かなものにすべく2週間の外遊に出た。エジプトを最初の訪問国にして、その後英国と米国の訪問であった。
経済産業基盤を築くためのビジョン2030まであと12年しかない。原油価格も嘗てのような価格に戻ることはない。その影響で、財政難は今後を続くことが予想される。そのような中でサウード家の分裂を導いてしまったサルマン皇太子。サウジの安定国家としての存続はこれから難しくなる可能性が十分にある。