欧州の政界で目下、最も多く囁かれている言葉は“オルバン主義”、“オルバン化”だ。何の意味かといえば、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相(54)が推進する反難民、反・欧州連合(EU)が欧州全土に席巻してきたことを指摘する表現だ。「オルバン主義は感染しやすい危険なウイルスだ」と指摘する声さえ聞かれるのだ。
オルバン首相には政治的実績がある。今月8日に実施されたハンガリー総選挙(一院制、定数199)でオルバン首相が率いる与党中道右派連合「フィデス・ハンガリー市民同盟」が得票率48.8%を獲得し、憲法改正が可能な国民議会の3分の2を上回る134議席を獲得した。
オルバン首相は2010、14年に続いて3期連続、通算4期目の政権を担う。東欧諸国で3期連続政権を担当した政党は「フィデス」以外にない。オルバン首相は選挙戦で新しい魔法の言葉を使ったわけではない。唯一、反難民政策を訴えただけだ。「イスラム系難民の殺到は欧州のキリスト教文化、社会にとって危険だ」といった内容だ。
オルバン首相が率いるフィデスの圧勝が報じられると、EU加盟国では大歓迎する声と懸念する声が聞かれた。欧州議会の最大会派「欧州国民党」(EPP)を分裂させ、西欧と旧東欧諸国の間に取り返しのつかない亀裂をもたらすオルバン首相の危険性が現実化してきたのだ。
オルバン首相の総選挙での圧勝を最も喜んだのは旧東欧諸国のヴィシェグラード・グループ(ポーランド、ハンガリー、スロバキア、チェコの4カ国から構成された地域協力機構)だ。それらの国はハンガリーと共にブリュッセルが決定した難民分担の割り当てに強く反対してきた経緯がある。特に、ポーランドの中道右派「法と正義」(PiS)はオルバン政権の勝利を自党の勝利のように喜んだほどだ。
オルバン首相の反難民政策は決して東欧諸国だけではなく、西欧諸国でもオルバン主義、オルバン化が見られる。オーストリアで昨年末、中道右派「国民党」と極右政党「自由党」連立政権が誕生したばかりだ。ドイツの新党「ドイツのための選択肢」(AfD)は昨年9月の連邦議会選で第3党に飛躍している。それらの政党はいずれも反難民政策を選挙戦で大きく掲げて飛躍した。オルバンに倣えだ。
2015年、100万人を超える難民・移民がシリア、イラク、アフガニスタンから殺到した出来事は、欧州の国民に一種のトラウマとなっている。オルバン首相は欧州国民が感じている不安を巧みに煽って、選挙では有権者の支持を得てきた。そのヴィールスがハンガリー、東欧諸国を越えて、欧州全土に広がってきたわけだ(「国民は希望より不安に動かされる」2018年4月10日参考)。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相はオルバン首相の総選挙の勝利を複雑な思いで受け止めた一人だ。一方、メルケル首相の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党、バイエルン州政党「キリスト教社会同盟」(CSU)の前党首、ホルスト・ゼーホーファー内相はオルバン首相の勝利を大歓迎、「オルバン首相のハンガリーと関係強化を期待する」と祝電を送っているほどだ。オルバン主義は欧州の盟主ドイツの連合政権内にも不協和音を生み出しているわけだ。
同じことがオーストリアでもいえる。与党国民党の党首セバスチャン・クルツ首相はオルバン首相に即祝電を送ったが、国民党出身の欧州議会のオトマール・カラス議員は「オルバン首相の勝利は欧州の分裂をさらに深める危険がある」と警告を発し、オルバン首相の「フィデス」がEPPに所属することに疑問を呈する。具体的には、オルバン首相の反難民、反EU政策は欧州の共通の価値観に反しているというわけだ。
ちなみに、オルバン首相は反難民、反EU路線をとる一方、対外的にはロシアや中国に傾いてきている。オーストリア日刊紙プレッセは4月6日の社説の中で「ハンガリーとギリシャの2カ国は中国のロビイストとなり、欧州内の反中の意見を葬っている」と指摘している。ハンガリーは中国の習近平国家主席が推進している「一帯一路」に加盟した最初のEU国だ。
独週刊誌シュピーゲル(4月12日付電子版)によると、欧州議会はこのほどハンガリーに関して「欧州の民主主義、法治国家、基本的価値が危機に瀕している。緊急に対応が望まれる」と助言した報告書をまとめている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。