モンタギューさんの怒り
「自分の名前だけが入っていない・・・」。
昨年7月、BBCは年間15万ポンド(約2260万円)以上の報酬を払っている職員や出演者の名前と金額を公表したが、この時、衝撃を受けた一人が、BBCラジオの著名ニュース解説番組「トゥデー」で長年司会役を務めてきたセイラ・モンタギューさんだった。
「トゥデー」には数人の司会者がいるが、自分の名前だけが公表されたリストの中に入っていなかった。「他の司会者より給与が低いかなとは思っていたが、これほど差があるとは思っていなかった」(サンデー・タイムズ、4月8日付の寄稿記事)。
当時、モンタギューさんの給与は13万3000ポンド。これ自体が大きな額であることをモンタギューさんは自覚しているものの、自分と同じ仕事をするジョン・ハンフリーズ氏は約60万ポンド。他の司会者も20万ポンド近くを得ていた。
「どれぐらい貰うかは個人に関わる問題になる。その人が日中やっていることの評価になるし、雇用主があなたをどう見ているかも金額で分かる」。だからこそ、自分の給与が同じ仕事をしている人よりもかなり低かったことがつらかった。それだけ自分が低く評価されていることを意味するからだ。
かつては、他の人よりも低いかもしれない給与で司会をしていることに自分なりの誇りを持っていた。しかし、いざリストが発表されてみると、「自分はバカだったことに気づいた」。高い給与を得ている人の贅沢な生活を助けているだけだったことに気づいたからだ。
また、20年以上前にBBCで働き出した時、BBCの会社員という形をとらず、自分で会社を作りそこから出向している形を取るほうがよいとBBCから言われ、そうしたモンタギューさん。今になって、もし退職すればBBCの会社員として年金や恩恵を受けられないことを改めて実感した。
モンタギューさんは「トゥデー」を辞め、午後のニュース解説番組「ワールド・アット・ワン」に移動した。「ワールド・アット・ワン」は老舗のニュース解説番組だが、同種の番組の中では「トゥデー」の方が知名度が高い。しかし、もはや「トゥデー」でやっていく気力はなくなっていた。
モンタギューさんは、その怒りと失望をサンデー・タイムズ紙に寄稿した。モンタギューさんの怒りは今年年頭、BBCの中国編集長という職務を辞任した女性ジャーナリスト、キャリー・グレイシーさんを思い起こさせる。
グレイシーさんの戦い
昨年7月のBBCによる高額報酬者のリストを見て、グレイシーさんも怒りと悲しみに襲われた。
リストに名前が挙げられた96人のうち3分の2は男性で、男性のトップ(200万~約225万ポンド)と女性のトップ(45万~約50万ポンド)の間には大きな開きがあった。英国では平等賃金法(1970年)や平等法(2010年)の下、雇用者は同等の仕事をする男女に同等の賃金を支払う義務があるのだがー。
1月上旬、グレイシーさんは自身のブログに「BBCの視聴者へ」と題された公開書簡を投稿し、男女の賃金差に抗議するために中国編集長を辞任したと宣言した。辞任直前の給与は13万5000ポンドだったが、少し前までは約9万ポンドで、男性2人の国際編集長はグレイシーさんの2倍以上の給与だった。ちなみに、国際編集長は4人いて、残りの一人(欧州編集長)は女性。この女性もリストに名前が挙がらなかった。
グレイシーさんはBBCに男女同等の給与の支払いを求めて交渉を開始したが、埒が明かず、編集長職の辞任を選択するに至った。今はロンドンで内勤の職員として働いている。
1月31日、下院の委員会で賃金格差についての公聴会が開かれた。証言者として登場したグレイシーさんは、自分の給与が同職の男性陣と比べてはるかに低い理由を「あなたは開発途中だから」と言われたことを暴露した。
30年余以上BBCに務め、中国における報道の統括役として赴任したグレイシーさんを「開発途中」とするのは「侮辱だ」。
男女の賃金格差の現状を認め、これを是正することをBBCに求めたグレイシーさんは「BBCの役割は真実を伝えること」と述べ、「自分たち自身について真実を語れないなら、どうやってBBCは信頼してもらえるのか」と問いかけた。
英企業・組織が男女の賃金格差の状況を報告
英国では、今月から、250人以上の従業員を持つ企業・公的組織は男女の賃金格差の現状を政府に報告するよう義務付けられた。
その結果は政府のウェブサイトで公開されている。
報告が義務付けられた項目は(1)男女の平均賃金の差、(2)男女の賃金中央値の差、(3)男女の平均ボーナス額の差、(4)男女のボーナス中央値の差、(5)ボーナスを受け取る従業員の中の男性の割合、(6)ボーナスを受け取る従業員の中の女性の割合など。
国家統計局(ONS)によれば、男女の賃金格差は昨年時点で18.4%(男性が女性よりも18.4%高い賃金を得る)であった。1997年には27・5%であったので、その差はだいぶ縮まっている。
BBCの調査によると、これまでに数字を提出した約1万社・組織の中で、78%が男性の従業員により高い賃金を払っていたという(時給中央値の比較)。
また、高給を受け取る従業員では男性の比率が女性より高かった。これは女性がパートタイムで働くことが多く、経営の上層部にいる人の数が男性よりは少ないことも関係していそうだ。
サンデー・タイムズ紙(8日付)が業種別に分析したところ、男女の賃金で格差が最もあったのは金融サービス業(26.2%)、これに続いたのが建設業(21.8%)、弁護士業界(20.7%)、スポーツ・娯楽業界(19.1%)。
投資銀行ゴールドマンサックスでは、男女のボーナス額に72.2%の格差があった(男性がより大きな額を得ている)。
BBCの調査によると、社内の男女の賃金格差は9~10%で、国内平均の18%よりはかなり低い。しかし、モンタギューさん、グレイシーさんの怒りや彼女たちに連帯を示すBBC女性陣の声が大きくなる中、平均よりも低かっただけでは済まされない状況にBBC経営陣は追い込まれている。
ちなみに、経済協力開発機構(OECD)による主要23カ国の男女の賃金格差調査(2015年時点)の中で、最大の差がみられたのは韓国(約37%)、2番目が日本(約26%)となっている。
賃金格差を埋めるには
男女の賃金格差を埋めるには、どうしたらいいのだろうか。
BBCニュースの記事(4月5日付)を参考にしてみると、
(1)より良い子供のケア体制を築く
子供を持つ女性が安心して働けるよう、現在よりも良い児童のケア体制を構築する。
(2)より良い人材募集体制
企業が求人をする際に、勤務時間はフレキシブルにできるなどを明記するようにする。仕事中心の男性だけを求めている印象を与えないようにする。
(3)給与の透明性をはかる
給与体系を公表する、透明度を高める。女性従業員の中には自分が男性従業員よりも低い給与であることを知らない場合もある。
(4)育児休暇を拡充する。
(5)目標を作る。
xx年までに差を縮小する、経営陣に女性を入れるなどの目標を立てる。
(6)女性従業員の賃金を上げる。
(7)女性が働き続け、幹部を目指すことも視野に入れるように研修を行う。
(8)文化を変える。
経営幹部が率先して、女性の雇用を支援する雰囲気を作る。
(9)スポーツを振興する。
スポーツは少年がするもの…と考えがちだが、女性も参加するよう奨励する。スポーツを通じて、自尊心を高められるようにする。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年4月18日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。