テレビ朝日が女性記者に課す暗黙の了解というセクハラ

藤原 かずえ

テレビ朝日は、2017年4月18日深夜に緊急記者会見を行い、テレビ朝日の女性記者が財務省福田事務次官のセクハラの被害者であることを認めました。

テレビ朝日・篠塚浩取締役報道局長(2017年4月18日)

週刊新潮で報じられている福田財務次官のセクハラ問題について、セクハラを受けたとされる記者の中に当社の女性社員がいることが判明いたしました。当該社員は、当社の聞き取りに対しまして、福田氏によるセクハラ被害を申し出、当社として録音内容の吟味及び関係者からの事情聴取等を含めた調査を行った結果、セクハラ被害があったと判断しました。皆様ご承知のように、福田氏は先程、財務次官を辞任する旨を発表いたしまして、その記者会見の場で週刊新潮が指摘したセクハラ行為を否定しておられます。しかし、当社社員に対するセクハラ行為があったことは事実であると考えております。女性社員は、精神的に大きなショックを受け、セクハラ行為について事実を曖昧にしてはならないという思いを持っております。当社は、女性社員の意向も確認の上、今現在こうして会見を行っております。当社は、福田氏による当社社員を傷つける数々の行為とその後の対応について、財務省に対して正式に抗議する予定です。

この社員ですが、一年半程前から数回、取材目的で福田氏と1対1で会食をしましたが、その度にセクハラ発言があったことから、自らの身を守るために会話の録音を始めました。今月四日に福田氏から連絡を受け、取材のために1対1の飲食の機会がありましたが、その際にもセクハラ発言が多数あったことから、途中から録音を致しました。そして後日、上司に「セクハラの事実を報じるべきではないか」と相談しました。しかし上司は、放送すると本人が特定され、いわゆる二次被害が心配されることなどを理由に「報道は難しい」と伝えました。そのためこの社員は、財務次官という社会的に責任の重い立場にある人物による不適切な行為が表に出なければ、このままセクハラ被害が黙認され続けてしまうのではないかという強い思いから、週刊新潮に連絡をし、取材を受けたということです。この社員はその後、週刊新潮からの要請を受けて録音の一部を提供しています。

当社と致しましては、先程申し上げましたように、当社社員がセクハラ被害を受けたことを財務省に抗議するとともに、今後セクハラの被害者である当社社員の人権を徹底的に守っていく考えです。一方で、当社社員からセクハラの情報があったにも拘わらず、適切な対応が出来なかったことに関しては深く反省しております。また、当社社員が取材活動で得た情報を第三者に渡したことは報道機関として不適切な行為であり、当社として遺憾に思っています。なお、セクシャルハラスメントという事案の性格から、当社としては被害者保護を第一に考え、当該社員の氏名をはじめ個人の特定に繋がる情報は開示をしない方針であります。報道各社の皆様においてもご配慮を頂きますようお願い致します。

このテレビ朝日篠塚報道局長の説明から女性記者の行動は次の3つのプロセスから構成されていることがわかります。

(a) 女性記者は、一年半程前から数回、取材目的で福田氏と1対1で会食をしたが、その度にセクハラ発言があった。

(b) 女性記者は、上司に「セクハラの事実を報じるべきではないか」と相談したところ、放送すると本人が特定され、いわゆる二次被害が心配されることなどを理由に「報道は難しい」と伝えた。

(c) 女性記者は、このままセクハラ被害が黙認され続けてしまうのではないかという強い思いから、週刊新潮に連絡をし、取材を受けた

素直に考えれば、これらの3つの行動にはそれぞれ不可解な点があります。

まず(a)については、なぜ会食の度にセクハラ発言する人物の取材を長期間にわたり許容していたのかということです。取材は能動的な行為なのでいつでも自分の意思で中止することができます。次に(b)については、なぜテレビ朝日は政府批判の恰好のネタとなる官僚のセクハラをこれまでに報じなかったのかということです。さらに(c)については、なぜ他社に取材情報を提供するというテレビ朝日内での自分の立場を決定的に悪くするようなリスキーな行為を行ったのかということです。

実は、これらの不可解な行動のメカニズムを矛盾なく説明できる言説があります。元毎日新聞記者でセクハラ問題を多く手掛ける弁護士という上谷さくら弁護士は、4月16日[参照映像]・4月17日[参照映像]の両日にテレビ朝日「報道ステーション」に出演して、次のように語っています。

「報道ステーション」上谷さくら弁護士(2017年4月17日)

取材先にもいろいろな人がいるし、女性記者はセクハラ発言をする人に対してもうまくかわしながら上手に懐に入り込んでうまくネタを取ってくるということが暗黙の了解というか会社から期待されていて無言のプレッシャーとなっている。なのでそれができなくて、セクハラありましたと声を上げると、会社の期待にもそえないし、自分の会社と組織との関係がよくなくなってきて、その女性記者自身も会社に居づらくなるというケースが考えられる。

マスメディアとセクハラを専門とする女性弁護士が語ったのは、マスメディア業界において女性記者の「暗黙の了解」という名の会社への【忖度 sontaku】が常態化していることを示す経験則であり、富川悠太アナも小川彩佳アナも強くこの考え方に同意していました。まさか、それが実際にテレビ朝日でも行われていたことが、この放送の翌日に発覚するとは予想もしていなかったでしょう。

上谷弁護士が提示した経験則を用いれば、上記(a)(b)(c)の不可解な行動を合理的に説明することができます。

まず(a)に示した「会食の度にセクハラ発言する人物の取材を長期間にわたり許容していた」という不可解な行動は、「女性記者はセクハラ発言をする人に対してもうまくかわしながら上手に懐に入り込んでうまくネタを取ってくるということが暗黙の了解というか会社から期待されていて無言のプレッシャー」のためであると考えれば説明がつきます。この場合、テレビ朝日は、セクハラの危機を認識しながらも「女性記者の弱い立場(上谷弁護士談)」を利用して、セクハラが疑われる人物の担当者として女性記者を起用し続けていたことになります。

次に(b)に示した「テレビ朝日は政府批判の恰好のネタとなる官僚のセクハラをこれまでに報じなかった」という不可解な行動は、「セクハラありましたと声を上げると、会社の期待にもそえない」という言葉に暗示されている「セクハラよりも情報重視」という会社の方針があると考えれば説明がつきます。事実、女性記者の上司は、女性記者の要請を断って「報道は難しい」と報じることを拒否しています。

さらに(c)に示した「他社に取材情報を提供するというテレビ朝日内での自分の立場を決定的に悪くするようなリスキーな行為を行った」という不可解な行動は、「自分の会社と組織との関係がよくなくなってきて、その女性記者自身も会社に居づらくなる」という心境変化に起因すると考えれば説明がつきます。

このように、テレビ朝日の緊急会見で判明した事実は上谷弁護士が提示した経験則とよく整合することがわかります。この経験則は、事実が判明する前にテレビ朝日自身がわざわざ看板番組の「報道ステーション」で紹介して強く肯定したものであり、今回のテレビ朝日の事案だけがこの経験則から外れると主張するのであれば、あまりにも都合がよすぎます。

テレビ朝日が上谷弁護士を起用してその経験則を事前に肯定していた以上、テレビ朝日が自らのセクハラ行為を否定するためには、上記(a)(b)(c)の理由を合理的に説明する責任が発生します。これは存在しないことを証明する【悪魔の証明】とは異なります。

おそらく「報道ステーション」は、財務省の顧問弁護士にセクハラがあったことを申告するという財務省の調査方法を批判するために上谷弁護士を起用して経験則を語らせたものと考えられますが、女性記者がテレビ朝日に事情を告白してしまったがために、すべての目論見は反転し、女性に対する人権軽視と言える自らのセクハラを追及される側に立たされてしまったと言えます。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2018年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。