(「英国ニュースダイジェスト」の筆者による連載コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。通常は「だ・である」調で書いていますが、このコラムでは「です・ます」調で書いています。)
ジル・セイワードさんという名前を聞いたことがありますか。
2002年に英国にやって来た筆者は、恥ずかしながらこれまで彼女のことを知りませんでした。
昨年1月上旬、セイワードさんが心臓発作で亡くなったという訃報(享年51)を目にして、初めて分かりました。
セイワードさんはレイプの犠牲者として、英国で初めて実名を明かした女性です。その後は性的暴力を防ぐための活動を続けました。遺族はジャーナリストの夫と3人の息子です。
事件が発生したのは、1986年
1986年、ロンドン西部イーリングにある牧師館に覆面をした武装集団が押し入りました。セイワードさんの父親はこの牧師館の牧師でした。
男たちは館内にいた父親とセイワードさんの当時のボーイフレンドに現金や宝石類を出すよう要求し、クリケットのバットで死の寸前まで叩きのめします。2人を縛り上げて動けなくした後、男たちは当時21歳のセイワードさんを2階に引きずり上げ、数度にわたってレイプしました。
事件後、大衆紙「サン」が牧師館に向かうセイワードさんの全身の写真を掲載します。目の周辺にあざが見え、レイプの犠牲者であることが広く知られてしまいました。これは「セカンド・レイプ」と言ってもよいほどの、つらい体験でした。
犯人の男性3人の裁判が始まったのは事件発生から11カ月後です。レイプ行為に加わらなかった主犯格の男には強盗罪で14年の刑が下りました。行為を行った2人の男のうちの一人はレイプ罪で5年、強盗罪で5年の刑となり、もう一人には性的暴行で3年、強盗では5年の刑が決定されました。レイプよりも強盗の方が重い刑となったのです。
量刑の判断に際し、裁判官はセイワードさんのトラウマは「それほど大きくはない」と述べました。この心無い言葉に、セイワードさんは大きく傷つきます。裁判官は後年、セイワードさんに謝罪しました。
事件後、3度の自殺未遂を行い、トラウマによるストレスに苦しんだセイワードさんですが、当時の裁判官はこうした状態を理解することができなかったのです。
レイプ事件の犠牲者の身元を特定する報道やレイプよりも強盗の刑が重いことに、大きな批判の声が上がります。セイワードさんは地元の国会議員に犠牲者の個人情報が守られるよう、法改正を求めました。ほかの議員の支援や世論の後押しもあって、1988年、犠牲者の匿名性が完全に守られるよう法改正が行われ、メディアは犠牲者の身元を特定するような情報の報道を禁止されました。
何故、実名を出すことにしたのか
1990年、セイワードさんは事件について語った本「レイプ、私のストーリー」を共同執筆、出版しますが、このときから実名を出す決意をしました。レイプの犠牲者に対する人々の意識を変えたい、支援を手厚くしたいというのがその理由です。テレビやラジオ、イベントなどで自分の体験を話すようになり、性的暴力を防ぐための慈善団体を立ち上げる、警察に犠牲者の扱い方について研修を行うなどの活動を積極的に行いました。
1998年には、レイプには加わらなかったものの、牧師館を襲った男性たちの一人と対面する機会がありました。セイワードさんは「謝る必要はありませんよ」と言ったそうです。
活動の成果が実り、レイプ犯罪の扱われた方が変わってゆきます。例えば、夫婦間でのレイプが刑事犯罪となり、オーラル及びアナル・セックスもレイプと見なされるようになりました。2013年、イングランド・ウェールズ地方での性犯罪実行者への量刑の決定には犠牲者への影響をより重要視するように改正されました。
警察の調べによると、イングランド・ウェールズ地方で成人がレイプされた件数は2015~16年で2万3851件。4年前の約2倍です。犠牲者のほとんどが女性でした。BBCの人気司会者ジミー・サビル(故人)の性犯罪が明るみに出たことで、警察に報告する人が増えたので件数が増加したと見られています。犯罪統計の専門家たちは、実際の数は約6倍に上るのではないかと言います。
レイプ事件は実行犯が有罪に至る比率が低い(15~16年では全体の7.5%)犯罪として知られています。高級紙ガーディアンの記事(2016年10月13日付)によると、犠牲者が外見上の傷を負わなかった、あるいは行為に抵抗しなかった場合、レイプではなかったと誤解されがちだそうです。犠牲者が麻薬やアルコールを摂取していた場合も不利に働くそうです。
日本に目をやりますと、フリージャーナリストの伊藤詩織さんが2015年に発生した性的暴行事件で、記者会見を開いたのは昨年5月末でした。まだ1年も経っていないのに、随分と状況が変わったように感じられます。米ハリウッドの映画プロデューサーによるセクハラ・性犯罪疑惑を受けて、「Me Too」が運動が広がったことも記憶に新しいですね。伊藤さんは、10月に「準強姦」被疑事件について書いた本「Black Box」を出版しています。
伊藤さんは、先月、米ニューヨークの国連本部で記者会見し、「日本ではまだ性暴力被害者が声をあげにくい状況にある」として、「Me Too」より、多くの人が助け合いながら性暴力被害をなくす取り組み『We Too(私たちも)』運動を盛り上げていきたい」と述べたそうです(「しんぶん赤旗」)。
セイワードさんがもし生きていたら、伊藤さんに大きなエールを送ったことでしょう。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年4月22日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。