森金融庁長官が断行する金融規制改革

金融規制は、金融機関に対して、予想損失に対する備えとして、最高度に緻密な膨大な数値基準への厳格なる準拠を命じているが、こうした防衛的な対応は、確かに、一方で、金融システム安定化の効果があるにしても、他方で、金融機関の攻撃的なリスクテイク能力の向上を阻害し、故に、経済の安定成長に対して、必ずしも有効に機能するとは限らない。

日本の現実において、この規制の弊害の顕在化をいち早く察知し、世界に先駆けて大胆な金融規制改革にのりだしたのは、いうまでもなく、金融庁の森信親長官である。長官は、従来の金融規制のあり方を「静的な規制」と呼び、それに対して、自らの新しい思想を「動的な監督」と呼んだのである。

「静的な規制」は、リスクが一定の確率で損失として顕在化することを前提にして、つまり、リスクを受動的に受け入れている前提で、損失の数学的予測額を見積もり、それに対して十分な耐性をもつものとして、自己資本の厚み等の防御壁構築を求めるのに対して、「動的な監督」は、金融機関がリスクを自覚的にとり、かつ、そのリスクは能動的に制御できるという前提で、金融機関との対話を通じて、経営態勢の次元で、リスクテイク能力の向上を求めるものである。

従来の規制には、防御壁の構築が極めて高価なものとなってしまう、つまり、金融機関は自己資本充実の要求に応え得なくなってしまうことから、結果的に、自己資本に見合った受動的リスクテイクという経営行動を誘発しやすかった。

自己資本に見合ったリスクテイクといえば、従来の規制の思想からすれば、健全で良識に満ちた経営姿勢のように聞こえるが、事業経営の常識からすれば、本末転倒の事態である。なぜなら、顧客志向性のなかで、能動的にリスクテイクを行い、そのリスクテイクに見合う資本利潤を実現して、積極的に必要資本の調達を行うことこそ経営の本質だからである。

この顧客志向性のもとのリスクテイクという事業の本質に着目し、改めて、金融機関に事業経営の常識を求めたことは、「金融の常識、世の非常識」といわれるなかで、世の常識で金融の非常識を衝いたものであり、そこに森長官の卓越した見識が示されているのだ。

では、「動的な監督」のもとで金融機関に求められるリスク管理は、どのようなものになるのかといえば、 金融界の普通の用語では、リスクアペタイトフレームワークに基づくリスク管理ということになるのだが、森長官は、この用語が嫌いなのか、決して用いることはないのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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