イスラエル、モサド「イラン核機密入手方法」は?

長谷川 良

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は4月30日、テルアビブの国防省で、イランが核兵器開発計画を有していたことを証明する文書を入手したと発表した。

同首相によると、約5万5000頁に及ぶ核開発関連文書とデータが入った183枚のCDを今年1月、イランのテヘランからイスラエル諜報特務庁(通称モサド)が密かに入手したというのだ。

▲オーストリア代表紙プレッセ「ネタニヤフ首相のイラン核関連資料公表」報道(2018年5月2日付)

▲オーストリア代表紙プレッセ「ネタニヤフ首相のイラン核関連資料公表」報道(2018年5月2日付)

ネタニヤフ首相は、入手した全文献を棚に積み重ね、「イランは核兵器開発計画はなかったと表明してきた。2015年の核合意はイランの嘘を基に成立したものだ」として、「イランは嘘をついた」と書かれたカバーをかけ、テレビのカメラ前でパワーポイントでプレゼンテーションした。

イランの核問題は2002年8月、同国反体制派の「国民抵抗評議会(National Council for Resistance)」が国際原子力機関(IAEA)に未申請の核関連施設であるイラン中部ナタンツにウラン濃縮施設、アラークに重水製造プラントがあると暴露し、その情報を米国側が人工衛星を利用して確認したことから、イランの核兵器開発容疑が一気に国際問題化していった。

核交渉はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国に独が参加してウィーンで協議が続けられてきた。そして2015年7月、包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した経緯がある。
核合意の内容は、イランが濃縮ウラン関連活動を制限し、貯蔵量や遠心分離稼働数を縮小する一方、イラン側が核合意を遵守する限り、欧米諸国の経済制裁を段階的に解除するというものだ(「イランとの核合意はどうなるか」2018年4月23日参考)。

ネタニヤフ首相のイラン批判は今年に入り、そのトーンを強めてきている。その背後には、単に核開発問題だけではなく、イランがシリア・アサド政権を軍事支援し、レバノンやイエメンでも親イラン派武装勢力を支援していることにイスラエル側が強い警戒心を持っていることがある。

ネタニヤフ首相は2月18日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)に参加し、イスラエル軍が2月10日、同国空域に侵入したイランの無人機を破壊したが、その破片を檀上で示し、会場にいるイランのザリフ外相に向かって、「これは君のものだよ。イスラエルを試みる馬鹿げたことはするな、と暴君に伝えたまえ」と舞台上からザリフ外相に向かって激しく批判したばかりだ。

ところで、モサドが入手したというイラン核計画に関する証拠文献について、その評価は分かれている。イラン核合意を破棄したいトランプ政権は「これで明らかになった」と受け取り、12日には核合意破棄に向けて勢いをつけている。

一方、イラン核問題の専門家たちの間では「新しい情報はない」と冷静に受け取られている。すなわち、「イスラエルが入手した文献はイランが過去、核開発計画を有していたことを証明しているが、イランが現時点、新たな核開発計画を有している証拠ではない」と指摘し、イスラエルと米国側の反応は恣意的な演出に過ぎないとみている。

JCPOAの内容を検証するIAEAはイランの核合意の履行状況を現地査察を通じて3カ月ごとにまとめ、加盟国に報告してきた。天野之弥IAEA事務局長は3月の理事会で、「イランはJCPOAを遵守している」という内容の報告書を提出したばかりだ。

今回の新たな証拠文献入手報道については、IAEA広報官は1日、「イランが2009年後、新たな核開発計画を有していることを示す信頼できる証拠はない」と説明している。

ネタニヤフ首相には明確な狙いがあったことは疑いない。トランプ米大統領が今月12日、イランとの核合意を破棄するかどうかの決定を下す。ネタニヤフ首相はトランプ大統領の核合意破棄を決断させるために後押しする、という目的だ。

メディアであまり話題となっていない点だが、イスラエルのモサドがどうのようにして500キロにもなるイランの核関連機密文献をテヘランから入手できたかということだ。イランのテヘラン指導部が今、頭を悩ましている問題だ。

ひょっとしたら、ネタニヤフ首相の狙いは、イランの核関連文献の内容より、イランの機密文献をイスラエル側が握ったという事実をアピールし、テヘラン指導部を大混乱に陥れることにあったのではないか。そうだとすれば、ネタニヤフ首相の目的は実現したとみて間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。