英国のデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ(5月上旬、閉鎖)が、米フェイスブックから約8700万人分の個人情報を不正取得したとの疑惑が大きな波紋を広げている。情報の使途について利用者の十分な同意を得ていなかった点や、こうした情報を基に、有権者の投票行動を誘導する広告を2016年11月の米大統領選で配信した可能性などが問題視されている。
先月、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)に集まった人々の間で、もっとも熱っぽく語られたのが、このフェイスブックと個人情報流出疑惑だった。インターネットの開放性に大いなる希望を見た私たちだが、そんな楽観的な時代は終わりを告げるのだろうか?
あるセッションに参加していたフランス人デベロパー、ロイチ・ダシャリ氏の見方を共有したい。ダシャリ氏はジャーナリストと内部告発者が安全に情報を交換できる「SecureDrop」のボランティアでもある。
生まれも育ちもパリのダシャリ氏は、両親の仕事の関係でサウジアラビアやクウェートに住んだことがある。コンピューターを学ぶために、英語を勉強したという。
―なぜデベロパーになったのか。
ダシャリ氏:分からない。若い時から、コンピューターが必要だと思ったのだろう。今はもうすぐ53歳だが、まだプログラムを書いている。画家は50歳になったからといって、描くことをやめない。それと同じようなものだ。
―フェイスブックやケンブリッジ・アナリティカのことを聞きたかった。「個人情報が流出した!」と大騒ぎになっているけれど、テクノロジーに詳しい人からすると、一連の事態はどう見えるのか。つまり、サイトの利用者の個人データが収集されており、これがビジネスに使われているという現象は、以前から続いていたわけだが。
これほど大きな事態になって、非常に驚いている。私はフェイスブックをやらないが、これからもやるつもりはない。まさに個人情報が大量に取得され、使われてしまうと思ったからだ。
非常に興味深いのは、多くの人が今になって、いかにひどいことが行われているかに気付いた点だ。私にとってはこちらの方が驚きだが、非常にいいことだとも思う。
今回の事件が広く知られることによって、多くの人が個人情報の利用について意識するようになったからだ。いかに人々が公の空間に個人情報を露出し続けてきたのか、どれほどの問題があるかを意識し出した。選挙の行方を左右する為に、個人データが使われたかもしれないのだ、と。
個人情報が使われて、「自分は操作されたのかもしれない」と言うかもしれないが、「あなた自身が(情報を出すことで)操作してほしいとお願いしたのでしょう」、と指摘することができそうだ。
フェイブック側は「情報漏れ」はなかったと言っている。「誰もが見ることが出来る空間に置いてあったのだ」から。フェイスブックのサービスは、そういう風に設計されていた。つまり、情報を公にしてもらい、それを活用するというビジネスモデルだ。
―プライバシーについての意見を聞きたい。グーグルが大量の情報を集めている。人々はこの点について懸念を抱くべきだろうか?実際に、2-3の米テック大手が巨大な量の情報を集めているというのは、恐ろしい感じがするが。
懸念はするべきだが、恐れる必要はない。逃れることは難しくないからだ。
コンピューターの歴史はそれほど長くない。例えば誰かがこう言う。「グーグルが情報を集めすぎている。私の人生はグーグルによって破壊された」、と。しかし、グーグルが存在しなかった時代のことを考えてみてほしい。それでも、人生はあった。それに、グーグルよりもプライバシー保護に力を入れるサービスに乗り換えることは不可能ではない。
懸念はするべきだが、恐れることはない。やり方はある。
―あなた自身はフェイスブックをやらない。個人情報を出さない、と。
そうだ。私は個人情報を出さなければならないサービスはやらないようにしている。
―インターネットの将来についてはどうか。「インターネットは壊れた」という人もいる。
そうは思わない。
インターネットの特徴の1つは、中央集権化されていないことだ。誰かがすべてをコントロールできない。
ある場所では国民のほぼ全体がフェイスブックを使っているのかもしれない。でもそれは、インターネットがそうしろと言っているわけではない。利用者がフェイスブックの利用を選択しているだけだ。ネットのせいではない。
インターネットが壊れているわけではないが、政府や企業はインターネットの重要な部分を壊そうとしている。それは、「ネット中立性」の問題だ。
例えば、インターネット接続会社が顧客によって通信速度を変える。ある顧客はたくさんのお金を払ったので、接続速度が速くなり、動画をより快適に視聴できる。しかし、通常の料金を払った人はそうはいかない。インターネットがこういうことをしているのではない。企業が通信速度を変えてしまう。
ある国の政府は他の国との接続ポイントを支配し、接続を遅くする。自国から出てゆくネット情報をすべて監視し、情報の流れを止める政府もある。人々がネットを壊そうとしている。
TOR(トーア)ブラウザーを使えば、政府による情報封鎖を迂回することができる。
(注:トーアとはThe Onion Routerの頭文字を取った言葉で、ネット上での通信経路の特定を困難にすることで匿名通信ができる手法、及びソフトウエアを指す。)
TORブラウザーを使えば、例えばスカイプでの会話であるかのように見せかけながら、匿名通信が行える。スカイプを使う人はたくさんいるし、誰が本当にスカイプで会話をしているのかを政府当局はつかみにくい。
しかし、ある国ではTORブラウザーを使っているというだけで、疑惑の対象になる。ブラウザーをダウンロードするだけで、疑惑の対象になってしまう。
通信の内容を常時監視して、URLアドレスに応じてアクセスを封鎖する方法(「ブロッキング」)も問題だ。例えば、BBCのウェブサイトに行こうとすると、監視者は利用者がBBCのサイトに向かっていること関知して、BBCには到達できないようにする。私が聞いたところでは、トルコではBBCへのアクセスが時々、このようにブロックされるという。TORを使えば、BBCに向かおうとする過程が暗号化される。その技術は日々、進歩している。
インターネットは揺り動かされているのだと思う。まだ壊れているわけじゃない。
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参考
安心ネット作り促進協議会
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年5月9日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。