然るべき時に、安倍総理は辞めた方がいいが、今はその時に非ず

拉致被害者家族と面会する安倍首相(首相官邸サイト:編集部)

8年前の私のコメントは、今でも通用するのではなかろうか

新しいコメントを頂戴して、かつて私がこんな意見を公表していたことを知った。

前ばかりを向いてついぞ過去を振り返らないのが私の習性なので、いつ、どこで、どんな発言をしていたのか自分自身で検証することはない。

ひょっとしたら前の発言と矛盾したことを書いていたり、諸般の事情で説を変えたりすることがあってもおかしくないと思うが、私自身はその時々の最適解を求めて真剣に自分の意見や感想を記しているつもりである。

前にこんなコメントを出していましたよ、と指摘されて、ああ、そうですか、間違いなくこれが私の文章なんですね、と驚くことがあるが、どうやらこの記事もその一つのようだ。

何だか、米朝会談が行われる6月12日の前に書いたような感じである。
米朝会談があってからそろそろ安倍さんを少しは応援するような記事を書いた方がいいかな、と思い始めたのだが、安倍さんになにがしかのエールを送るにしても、一応けじめを付けておいた方がいいだろう。

私の本心は、下記の文章のとおりである。

然るべき時に、安倍さんは辞めた方がいい。
しかし、どうやら今はその時に非ず、ということになりそうだ。

憲法改正の問題として考えていただきたい。
国民に内閣総理大臣や国会議員のリコール権を付与することは、如何か。

誰が見ても不適格だと判明した人が内閣総理大臣に就任しているのを黙って見ていなければならない、というのは、国民にとって辛いことではなかろうか。
少なくとも、もう辞めてくれ、ぐらいな声を届けるくらいのことは制度上あってもいい。

同じように、誰が見ても国会議員として相応しくない行為をした国会議員がいる場合は、直ちにその解職を求めることが出来る権限を一般の国民に付与することは出来ないか。

国会が正常に機能していれば、こんなことは考える必要は無い。

国会議員が内閣不信任を発議し、内閣の総辞職を求めればいい。
あるいは、国会が国会議員の解職を決議すればいい。

しかし、国会議員が党議拘束に縛られ、自分自身の意思で投票が出来ず、党利党略で動かざるを得ない状況では、結果的に、国民の声に耳を貸さず、内閣不信任決議を闇雲に否決して内閣を擁護したり、あるいは問題の国家議員の解職を阻止したりするようなことになってしまう。

私たちは、より風通しのいい社会を目指している。
漠然とした不満がこれ以上国民の間に鬱積しないようにするためにも、国民の声がより国政に反映されるような、柔軟な仕組みを考えてもいいのではないだろうか。

「内閣総理大臣や国会議員に対する国民のリコール権」と題する私のブログ記事 作成 2010-04-20 10:45:38)

自民党としては来年の参議院選挙を念頭に、どなたかが捨て駒になる必要がありそうだ

多分、これからの政治課題は、北朝鮮問題一色になる。

拉致問題等が出てくると、モリカケ問題はどうしても後景に退くことになる。

北朝鮮問題は、日本の安全保障に直結する問題だから、国有財産の管理を巡る問題や総理や総理夫人の知人や友人に対する便宜供与、官僚や官邸の総理や総理夫人に対する過剰な忖度、日本の社会全体を侵食しつつある遵法精神の欠落や鈍麻、さらには民意に背く不誠実な行政や政治などの問題は、それぞれに重要な問題だが、それでも後回しにならざるを得ない。

安倍総理の出番だということだろう。
拉致問題については、余人をもって代え難いというところがある。

多分、今回が拉致問題解決の最後のチャンスになる。

難しい決断を迫られるだろうが、その難しい決断は安倍総理にしてもらうしかない。
安倍総理の決断には、どなたも文句が言えないはずである。

モリカケ問題について誰も政治責任を取らないで幕引きか、などという批判は起きるだろうが、どうも大事の前の小事みたいなことになってしまう。
まあ、自民党としては来年の参議院選挙を念頭に、どなたかに形だけでも政治責任を取ってもらったことにしたいだろうと思う。

まあ、この時のために麻生さんを温存しておいた、ということになるのかも知れない。

前に進むためには、どなたかが捨て駒になる必要がありそうだ。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2018年6月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。