「イラン核合意」の未来は依然不透明

長谷川 良

緊急集中治療室(ICU)に運ばれた患者のように、イラン核合意は米トランプ大統領の5月8日の離脱表明後、死の床に横たわっている。患者を何とか回復させようと医者が必死の努力をするように、イラン核合意の堅持を主張するドイツ、フランス、英国の欧州3国とロシアと中国両国、それに欧州連合(EU)は13年の年月の核協議後、2015年7月に締結された外交成果をなんとか救おうと腐心している。

▲モゲリーニ外交安全保障上級代表(左)とイランのザリーフ外相ウィーン外相会合、2018年7月6日(モゲリー二EU外相のツイッターから)

核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した経緯がある。

核合意の内容は、①イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置く。具体的には、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3.67%までとする(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、②濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少、③ウラン濃縮活動は既にあるナタンツ濃縮施設で実施し、アラークの重水製造施設は核兵器用のプルトニウムが製造出来ないように変え、フォルド濃縮関連施設は核研究開発センターとする、④イランがその合意内容を守れば、経済制裁を段階的に解消し、違反した場合、経済制裁を再度導入する、といった内容だ。

米国の核合意離脱表明後、イランは、「EUを含む欧州3国らがイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は即、核開発計画を再開する」と主張し、関係国に圧力をかけてきた。

EUのモゲリーニ外交安全保障上級代表(外相)が議長役を務め、イラン、欧州3国、ロ中の6カ国外相会議が6日、ウィ―ンで行われた。関係国は米国が核合意から離脱しても合意を順守する点でコンセンサスは既にあるが、米国が今年11月、対イラン制裁を再実施し、「イランの原油輸出を禁止し、それを破り輸入する国には米国は制裁を課する」と表明している。原油輸出が外貨収入の大部分を占めるイランにとって、原油輸出禁止は死刑宣言に等しい。ウィ―ン外相会合では、イランの主張を汲み、イランの利益保証の道を模索することで一致したが、具体的にどのように対応するかは不透明だ。

ちなみに、イランのロウハニ大統領は4日、ウィ―ンを公式訪問し、イラン核合意問題について、「同合意がわが国にとって益となる限り、それを死守するが、そうではない場合、核開発計画を即再開する」と再度、イラン側のポジションを明確に述べている。同大統領は、「時間は余りない。欧州3国の善意はいいが、具体的な対応策を提示すべきだ」と強調している。

穏健派のロウハニ大統領に対し、イラン国内で強硬派が再び台頭してきている。イランの革命防衛隊は5日、「米国がイランの原油輸出を禁止するならば、ペルシャ湾にあるホルムズ海峡を封鎖する」と警告している。原油輸送の大動脈のホルムズ海峡が封鎖されれば、日本にとっても大打撃だ。米国も黙っていないだろう。

一方、イラン核合意で対イラン制裁が解除されれば国内経済も回復するだろうと期待していた多くの国民は、原油輸出が禁止され国内経済が更に厳しくなれば、ロウハニ政権への批判の声が飛び出すだろう。

ブリュッセルから聞こえる対策として、①EU委員会が目下考えている対策だが、1996年の米国の対キューバ、イラン、リビア経済制裁時に導入した防衛法の再活用だ。米国の反トラスト法の外国への域外適用を遮断する、米国以外の国の国内規則、ブロッキング・スタチュート(Blocking Statute)だ。また② EUの欧州議会は4日、欧州投資銀行(EIB)にイランとの取引を認める計画を承認した。イランと取引する欧州企業を保護するためにEUの公的金融機関のEIBを活用するという案だ。

問題は、米国企業と取引している多くの欧州企業が米国からの制裁を恐れて、イラン産原油取引に手を出さないという状況が十分に予想されることだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。