進まない改憲論議 総裁選での活発な議論に期待

5月から憲法勉強会をおこなっており、1回目は百地章日大名誉教授による改憲概論、6月の2回目は井上信治衆院議員による自民党改憲4項目の解説、そして7月20日(金)に予定している3回目は朝日新聞の社説などで憲法論議をリードしてきた国分高史編集委員に自民党とは違った視点から改憲の意義について論じて頂く予定である。

「憲法」という専門的な内容を扱う勉強会となると敷居が高いようで、講師の方々とも「どうすればもっと幅広い国民的憲法論議が活発化するのか悩ましいですね」といったことを話している。金融市場や国民生活にすぐに影響を及ぼす財政政策や金融政策はニュースとしての優先順位や解説の必要性が高いのか幅広く報道され官民幅広い議論が行われているのに対して「改憲議論」は政局がらみでないとなかなか脚光を浴びないようである。

ただ一時期せっかく盛り上がった改憲論議が下火になったのは今国会でほとんど議論が進まなかったことに原因があろう。

国会の憲法審査会での議論がほとんどおこなわれなかった背景については日経と毎日がそれぞれ下記の解説記事を書いているのでご参照いただきたい。(残念ながら両方とも有料記事であるが)

改憲発議は19年以降 衆院憲法審の「開かずの扉」(日本経済新聞)

国会 改憲論議入り口見えず 戦略狂う安倍首相の「悲願」(毎日新聞)

憲法勉強会の参加者から、そもそも憲法改正についての手続き方法や論点がわかりにくいという意見があった。報道の絶対量が少ないのでどうしても経済や外交問題に比べて理解が深まらないのである。先のような意見もあることもあり、もう一度「憲法改正」の基礎の部分を振り返りたい。

憲法改正の手続きは憲法96条に規定されており、ここで「両院の三分の二以上の賛成で発議」し「国民投票で過半数の賛成」を得ることとされている。これは学校で習うからよく知られている。しかし実際は国民投票の具体的な手続き方法などを法律により定めなければいけないので、国民投票法として知られる「日本国憲法の改正手続に関する法律」により規定している。この法律が制定されたのがわずか11年前の2007年である。昔学校で上記憲法96条の「両院の三分の二」と「国民投票で過半数の賛成」という改正条件を暗記していた時代に実は憲法改正するための国民投票をおこなう法律的基盤がなかったというのは驚きである。

国民投票法の改正手続きや改憲そのものを議論する場が衆参両院に設置されている憲法審査会である。衆院の憲法調査会は50名、参院の調査会は45名の委員より組織されている。これまた一般にはあまり知られていないが、改憲の議論とは基本的にはこの憲法審査会でおこなわれるため、審査会を開かないと改憲議論は前に進まない。いくら安倍総理が自民党の総裁として改憲論議を前進させたくとも憲法審査会次第なのである。

以上の基礎知識があった上で上記の解説記事を読まないと今国会における改憲論議に何が起きているかは中々理解できない。

日経の解説記事よれば安倍首相が17年10月の衆院選勝利の後に想定していたであろう改憲スケジュールは両院で改憲勢力三分の二以上を維持する難しさを考えると19年夏の参院選前の改憲発議が理想的。このためには19年春の統一地方選、天皇陛下の退位を考慮すると「19年1月の通常国会召集後の早い時期が事実上のタイムリミットとも考えられる。」そのためには「今国会のうちにある程度、議論を進めたうえで、秋の臨時国会で発議を見据えた本格審議を狙った。」(上記日経新聞)

しかし4月に国民投票法を16年に改正された公選法と同様の改正を先に議論すべきという意見が公明党を中心に出され、憲法審査会においてはまずこの国民投票法改正の審議が先になることになった。

公明、改憲先送りの深謀遠慮か「国民投票法改正が先」(日経新聞)

だが、結局この改正案も7月5日の衆院憲法調査会でやっと審議入りしたものの「改正案の趣旨説明を行ったが、質疑はなく、わずか5分ほどで散会した。」(上記毎日新聞)

両院で自公勢力が多数を占めいていて、憲法審査会も委員の構成は同様の状況である。また他の委員会同様に議事運営の職権は会長にあるのだが、憲法審査会の前身である憲法調査会のときから与野党の合意形成を大事にして来た経緯がある。発議に三分の二以上という高いハードルがあるため与野党合意は他の法案など以上に重要だからである。

実は自民側は6月下旬に国会の会期延長にあわせて会期中の国民投票法改正成立を視野に憲法審査会での審議入りに動いたが対決姿勢を強める野党側の同意を得られず断念した。

結局今国会においては与野党の対立構造から実質的な改憲論議がほとんど進まなかった。最新の状況は審査会の幹事懇談会で国民投票におけるCM規制の議論がスタートしたということである。

CM規制の議論開始 衆院憲法審 与野党に温度差(日経新聞)

これは「現行の国民投票法では、投票日の14日前までは広告・宣伝活動に原則どれだけお金をかけても自由で、報告義務もない。」ため、CM等の規制を導入するかという議論である。これも国民投票法の改正の一環で、上記のように改憲の議論に入る前の環境整備として必要なプロセスなので少なくとも止まっていた議論がスタートしたことは歓迎すべきかもしれない。

しかし今国会において自民党改憲4項目をはじめとする改憲論議そのものはほとんど進展しなかったのが現状である。

改憲の発議をする国会で改憲議論がほとんどおこなわれていないのだから、国民レベルで改憲議論が盛り上がるはずもない。「憲法」は広く一般的に勉強の対象ではあるが「改憲」は一部のマニアの政策論議の対象でしかないという現状はやはり少なくとも国会での議論が活発化されない限り続くであろう。そしてその状況が続くと国民的議論が進んでないから改憲はまだ早いという悪循環に陥ってしまう。

この状況を打破することができるのが9月の自民党総裁選挙での政策論争であろう。すでに石破氏が憲法改正などを争点に据える姿勢を示したと報じられている。

石破氏、事実上の出馬宣言 自民総裁選へ著書出版(日経新聞)

安倍首相はもちろん憲法改正に関する議論は受けて立つだろうから、総裁選候補者による活発な改憲議論は非常に楽しみである。

野党を含めて国会議員の中で憲法論議が重要でないと思っている議員はさすがにいないであろう。しかし今国会で実質的な改憲の中身が論じられなかったことも事実である。憲法審査会の委員の方々は今一度審査会に所属していることにより付託されている特別な権能を再認識していただき、任期中に憲法改正議論が進むように、総裁選後の国会でのより建設的な改憲議論に期待したい。


編集部より:このブログは与謝野信氏の公式ブログ 2018年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、与謝野信ブログをご覧ください。