米中覇権戦争②米国のインド太平洋ファンド設立表明

松川 るい

こんにちは。8月が始まりました。「8月が始まる」って良い響きですね。私が好きな村上春樹氏の「職業としての小説家」は、人生指南書としても十分価値があるものですが、村上氏は、調子が良いときも悪いときも毎日5時間は机に向かって一日400字詰め原稿用紙をきっかり10枚書くそうです。

私は、FBやツィッタ―すら、忙しくなったりノラなかったりすると書かないまま何日もたってしまうというのに(比べること自体恐れ多いですけど)。前回ブログ(「米中覇権戦争①(習近平はやりすぎた。トランプは混乱している。)」)から2週間ですが、予想通り(というか予想以上)の展開が進んでいると思います。本当にダイナミックな動きです。

特に、昨日の「米、インド太平洋ファンド、まず125億円、中国に対抗」(日本経済新聞)というニュースは、米国がそこまでやる気なんだと語弊を恐れずにいえば若干の驚きをもって受け止めました。前のブログで米中の覇権争いについて書きましたが、米国は、生存本能に従い、自分の覇権に挑戦してくる中国に対して極めて明確な対応をしたということです。

ようするに、「絶対に覇権交代は許さない、たとえ自分が損したとしても、中国がもっとダメージを受けるなら構わない」と。中国の覇権拡張の象徴のような一帯一路に対抗するかのような、インド太平洋ファンド設立表明です。どれぐらい実態が伴うかなどなどまだよくわからない点は多いですが。

実際、やりすぎたことに気づいた中国は、態度をより平和台頭的に修正しようとしています。それが、もう一つ注目したニュース「北戴河会議(外交政策についての中国の会議)において習近平氏の「強国路線」に異論が出ている」というものです。

ただ、既に、米国をその気にさせてしまった後で、一帯一路に対抗するファンドまで米国が作るぞという態度に出ている中、中国の態度修正が単に戦術的なものではなく真正なものと他国に認識されるためには、今までの中国の成果を投げ捨てる覚悟で低姿勢で協調的な外交政策転換を相当な期間継続し続けない限り無理でしょう。そもそもそんな政策転換を仮に純粋戦術的なものとしても辛抱強く遂行できるかどうかも疑問です。

実際、中国は、この間、日本のかつての大東亜共栄圏をそのままなぞるかのように、南シナ海のみならず、太平洋の島国にも影響力を露骨に拡大しています。台湾承認国を一つ一つ引っぺがして中国側に寝返らせており、朝鮮半島だけでなく、台湾周辺もかなり不安定化しているように思います。だからこそ、米国も米台ハイレベル政府交流を可能にする法律を作ったりと、アクションに対するリアクションその連鎖が起きつつあります。こういうのを全部巻き戻す覚悟が中国にあるでしょうか。

さて、米国のインド太平洋ファンド設立表明からするに、先般の米ロ首脳会談も、意図としては、正しい戦略に基づく行動であって、決してトランプ大統領のロシア疑惑隠しだけで動いたわけではないのだろうと再評価したいと思います。つまり、ロ中分断は無理としてもロシアの中国依存度を減らす、または、少なくとも中露を一緒に相手にする負担を回避する、という米国にとって正しい戦略意図ということです。

実際は、余りにも準備不足だった上、先立つNATO首脳会合などで欧州諸国との関係を悪化させるという愚を犯したせいで、狙った効果が得られなかったどころか米国の評判を落とすという結果に終わったのはかすがえすも残念でしたし、現在の米国における反ロ感情を考えると、なかなか米ロ関係改善などというのは今は想像しがたいところです。しかし、方向は正しい。

前回ブログ、前々回ブログとかなり前から同じことを書いているので繰り返しで恐縮ですが、米中の覇権戦争は、歴史は繰り返すと言いますが、過去の歴史において、覇権国が挑戦国に対して起こした行動と原理はほぼ同じです(第一次大戦前の大英帝国とドイツ、17世紀英蘭戦争、米国によるジャパン・バッシングなど)。過去の例では、覇権争いで戦火を交えたこともありましたが、幸いなことに、米中間では、軍事衝突の可能性は極めて低く(核兵器国同士だから)、現実的には、地「経」学的争い、経済的に相手を追い込む争いという形で現れることになります(実際そうなっている)。

もっとも、台湾などについては、相手の意図を読み違えるなどして意図しない局地的軍事的緊張が生じる可能性がないわけではないと思いますが。国家間関係が、力の政治(パワーポリティクス)の時代に移行しているということを感じます。

他方、グローバル経済が進展しており、たとえば深圳とシリコンバレーはお友達ということで、国家間は覇権争いをしていても、経済は別の論理で動いています。日本企業だって、中国で随分儲けさせて頂いていますし、米中間は互いに最大の貿易相手なのです。春樹ではありませんが、パラレルワールドな感じです。

ただ、これも誤解を恐れずにいえば、トランプ政権こそは、今のこのグローバル経済の秩序を逆巻き戻ししようとしているのではないか、プチ・ブロック経済化も望むところと本当は考えているのではないか、と邪推したくなります。トランプ大統領自身は、「unfair!」という感覚で反応しているだけで、深い戦略とかコンセプトはないのかもしれませんけど。

つまり、WTOもへったくれもない(多分WTOはさすがに脱退しないと思いたい)、むしろ、米国が関税を敵味方関係なく高くしてしまえば(そして、米国経済は中国と相対化されたとはいえ未だ世界一の規模であり影響力がある)、企業は、輸出入取引を避ける方向でビジネス展開を考えますから、要するに、人件費が安いとかサプライチェーンを作りやすいとかいう理由で外国に作っていた会社をそれぞれ本国又は消費地(売るところで作る)に移すという方向で動くのではないでしょうか。

これが大規模に進めば、セミ・ブロック経済化の方向に進むということであり、世界経済規模の一定の縮小は避けられないように思います。ごく単純にいえば、規模の経済のメリットを放棄するに等しいから。ポールクルッグマン教授は、自分の試算では、世界貿易が3分の1縮小するとおっしゃっていたことも想起されます。

で、死屍累々の荒野の中で(米国との取引がもともと少ない国は除く)、最終的に誰が勝者になるのか、結局、輸出入依存の少ない経済、この場合は米国(輸出入依存度2割以下、しかも輸入超過なので、輸入先を変えれば良いだけ)が勝者として改めて存在感を増すということになるのか、と。要するに、みんな負けるけど、負けた中で、相対的に勝てば、貿易戦争前よりも、米国経済は世界経済において相対的により大きな存在感を持つことになり、影響力(覇権)を維持することにつながるという算段かと。読みすぎでしょうか。

それにしても、グランド・ストラテジーのルールとはこういうものかと一人感じ入っています。意図も能力も大きくなりすぎた新興挑戦国は必然的に周辺国の警戒心を呼び、現覇権国からの攻撃を招き、それだけなく、警戒感をもつ周辺国からも徐々に締め出される動きが出てくる。米中貿易戦争は筆頭ですが、その他、親中的だったドイツが中国の投資を安全保障上の理由で拒否するといった事案が生じたり、豪州、NZ、仏などにおいて、中国を念頭においた外国人の土地所有規制や外国投資規制が導入されたり、導入されつつあります(日本も導入すべきです)。

他方において、中国の経済的影響力は強大であり、周辺のアジア諸国や直接の安全保障上の脅威を感じない国々は、中国を警戒しつつも一定程度中国の覇権を受容することを選ぶかもしれません。

本日から始まる一連のASEAN関連閣僚会合、ARFにおいて、注目の北朝鮮問題の他、南シナ海についても議論がされるでしょうが、ASEANが一体どの程度対中融和的となるか。日本だって、引っ越しできるわけでもなし、安全保障で日本の国益に妥協しないことは当然としても、経済面を中心に中国との関係はただ潜在的脅威に対する対処といった単純なものではありえません。日本は中国との間に均衡点を見出す必要があります。一連の米国の思い切った行動が、この混とんとした流れを米国側に一気に引き寄せることになるのかどうか。注視していきたいと思います。

中国は、北戴河会議の結果、強国化路線を(一定程度は)修正してくるでしょう。そして、結局、次なるテクノロジーについて、今回の米国の「妨害」を乗り越えて、結局最終的に米国を凌駕する経済力と技術力を手にすることができるのかどうか。

ドイツは、一旦、大英帝国に退けられましたが、結局、第二次世界大戦を経て、経済的には英国を超えました。EUの中では欧州の家族となりました。米中関係がどのように推移していくか、行きつくところまで行った後に、突然の米中関係の改善ということもあり得るのかもしれません。日本のみならず世界の潮流を決定づける米中関係の動きです。

日本にとって、中国は、安全保障上は脅威であるが、経済的には大事な存在、隣国としては安定した関係を維持したい、そういう相手です。米国は、NATO諸国に2%の防衛費負担を要求しました(NATOの経費の7割を米国が負担している現状を考えれば、トランプ大統領の怒りもわからないではありません)し、日本に対しても防衛費増をより声高に要求してくる可能性は高いです。

日米同盟が機能するためには、日本がより大きな責任を引き受ける覚悟が必要となるでしょう。日米同盟基軸は変わらないとしても、米国頼み一辺倒ではダメな時代に入りました。地域をいかにして安定させ日本にとって住みよいエコシステムとしていくか、日本自身の覚悟とビジョンが必要です。


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏の公式ブログ 2018年8月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。