日本の夏は本当に暑い。7年ぶりの東京の夏は、「とにかく暑い」の一言しかない。昨日、シカゴ大学の友人から、東京はドイツと同じでエアコンがないから(???)、今年の熱波は大変だろうとメールが送られてきた。思わず吹き出しそうになったが、日本の認知度はこの程度なのかと寂しくもあった。
この暑さに加え、シカゴの時と比べて数倍の忙しさとなり、本当に目が回りそうだ。「人工知能ホスピタル」関連の説明会で、「医療関係者は忙しすぎて、新しいことを勉強する時間が取れないので、人工知能が必要最低限の情報を医療関係者にわかりやすく正確に伝えて、知識ギャップを埋めていくことが重要」と言っている私自身が、勉強する時間が取れなくなってきているのは悪いジョークのようだ。
今日は、午後に大阪市立大学医学部で講演会をするために、今、羽田空港から大阪に向かうところである。大阪市立大学附属病院は約50年前に足の複雑骨折で3か月間入院した病院で、自慢にはならないが、中学2年生の3学期は1日も登校していない。しかし、この入院が、私が医学へと志すきっかけとなったのである。もう、半世紀も前のことであるが、入院していた時のことは今でも鮮明に記憶に残っている・
日本に戻り、相も変わらず失望するのは、標準療法というマニュアルがベストの医療であると信じている人たちだ。海外で得られたエビデンスを、日本で再検証し、それを実行していれば自分は日本のトップであると信じきっている。最近では、米国でセカンドオピニオンを受けることを手助けする企業に、患者さんを斡旋している臨床腫瘍内科医もいるようだ。
繰り返し述べているが、日本での「エビデンス」は統計学的な差があるかどうかとほぼ同義語である。基礎研究・動物実験などで積み上げられたサイエンティフィクなエビデンスは「エビデンス」とは捉えられていない。この部分の評価能力の欠落が、日本独自で新しいことを生み出していくことを阻んでいる。
サイエンスは「信じるか」「信じないのか」といった世界ではない。得られた結果を(もちろん、人為的に操作されたものではなく、正しい手法によって得られた正確な結果が必要である)、曇りのない目で評価し、検証するところから始まる。赤いサングラスをかけて、白い紙を赤色だと判定するような制度ではいけないのだ。
そして、正々堂々と学会などの開かれた場で議論することが、科学の進歩には必要だ。陰に回ってひそひそと陰口・悪口を言っても科学の進歩にはつながらない。日本の評価制度には大きな欠陥があると思っていても、自分の損得が優先され、声をあげようとしない。これでいいのか、日本の医学は!科学の世界を真剣な議論で熱くしたいものだ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2018年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。