日銀は7月30、31日の金融政策決定会合で「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を決定した。フォワードガイダンスを導入するなど緩和強化にも見えるが、長期金利の誘導レンジを±0.1から±0.2%に拡大させることが主眼となっていた。
日銀が金融政策の柔軟化を検討していることが、20日の夜11時頃に時事通信やロイターが報じ、債券市場はこれを受けて臨戦態勢に入った。それまで一日に数銭しか動かなかった債券先物が20日のナイトセッション(夜間取引)で57銭も動いた。これは主に海外投資家による動きとみられたが、23日の東京市場でも債券先物は38銭動き、国内の市場関係者も日銀による長期金利操作レンジ引き上げに向けてシフト体制を講じてきた。
これに対し日銀は決定会合前であり、あくまで観測が出ているだけでともいえることで、思惑的な動きを封じる構えをみせた。23日に10年債カレントの水準の0.11%で「指し値オペ」をオファーした。このときの指し値オペの応札額は、長期金利の上昇が0.09%止まりとなっていたことでゼロであった(利回りが0.11%以上でなければ日銀に売却する必要はない。市場で売った方が良い)。
27日にはあらためて10年債利回りの上限を試すような動きとなり、10年債利回りは前場に0.105%まで上昇した。これを受けて、この日の14時に日銀は10年債カレントで「0.11%」ではなく「0.10%」で指し値オペをオファーした。この際の応札額は940億円あった。0.11%ではなく0.10%にしたことで応札があったわけではあるが、0.10%にしたのは指し値オペは可変であると示したのではないかとも憶測された。
決定会合初日となる30日にも市場は10年債利回りの上限を試すことになる。後場に入り13時26分に日本相互証券で10年債利回りが0.110%に上昇した。0.110%を付けたのは昨年2月以来となる。14時に日銀は10年債カレント利回りの0.100%水準で指し値オペをオファーした。このときの応札額、つまり指し値オペは全額落札されるので応札額・落札額は、なんと1兆6403億円もあったのである。
これはいったい何か。それについては、やはり日銀のオペレーションで明らかになる。
31日に日銀は「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を決定。このタイトルと「フォワードガイダンス」に反応してしまったのか、10年債利回りはこの日0.090%から0.045%に低下した。つまり大きく買い戻された。債券先物も安値の150円24銭から150円80銭まで買い戻された。
30日の1.6兆円もの指し値オペの応札は、売り手となる業者のショート(空売り)ではないかとも観測され、こういったショートのカバー(買い戻し)が入ったとの見方があった。私はむしろ債券先物でHFTと呼ばれる取引手法での買い戻しの動きが主体ではないかと見ていた(実際にどうであったのかは手口情報が開示されていないのでわからない)。
注目すべきは、31日の日銀による国債補完供給(国債売現先)の結果であった。日銀による国債補完供給オペとは、日銀による大量の国債買入により流動性に支障が出る懸念があり、1日に限り、日銀が国債を現先方式で貸し出すというものである。
31日の国債補完供給(国債売現先)では1兆4246億円もの応札があり、そのうち10年債では349回1634億円、350回3766億円、351回7964億円落札された。むろんこのような大きな金額での国債補完供給はレアケースである。
つまりこれは31日に1兆円以上も指し値オペで応札した市場参加者(業者?)が、やはりショート(空売り)していたということになる。ちなみにこの際の指し値オペは349回、350回、351回が該当していた。これはつまり、日銀の国債補完供給を使って、次の10年国債の入札日までショートを繋ごうとしていたことになる。
1兆円を越す日本国債の現物債での空売りがあったとすれば過去最大級となる。日銀の政策調整により、10年債利回りの上昇に賭けたトレードということになろう。
8月1日の国債補完供給では、10年349回1215億円、350回2273億円、351回7306億円の落札額となっていた。ショートした参加者は少し市場から買い戻しを入れていたことがわかる。それでもまだ大きなショートは残っていた。
そして8月2日には10年国債の入札が行われた。このとき入札されたのはリオープン(再発行形式の発行)の351回であり、7000億円規模の351回のショートはこの入札によってカバー(買い戻し)されたとみられる。
2日の国債補完供給の10年債は340回が470億円、349回805億円、350回2076億円、351回7152億円となっていた。ちなみに2日の入札された351回債の発行日は3日である。この日までショートを繋ぐ必要があった。
3日の国債補完供給はトータルで2444億円となっていた。10年債は339回50億円、340回399億円、342回16億円、346回8億円、349回603億円、350回1308億円。351回は入札でカバーしたものの、349回と350回はまだカバーしきれていなかったようである。
このように、どこかの業者?が今回の日銀の政策修正を睨んで大規模な空売りを仕掛けていたようである。これに対して日銀は、国債補完供給の利用を前提とした国債買入の応札はしないように業者に向けて注意を促したようである。
業者とよばれる証券会社が1兆円を越す空売りを仕掛けていたとして、なぜそのような規模の空売りが可能となったのか。国債の発行額が巨額となっていることに加え、日銀による長短金利操作付き量的・質的緩和で国債の値動きが抑えられていたこともあり(ボラティリティの低下)、大手証券などは数兆円規模の国債保有が可能となっているとみられる。このため、1兆円を越す取引もできるようになっているのではないかと推測されるのである。
編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。