甲子園球児の酷使を招く朝日新聞

販売部数より投手寿命の尊重を

今夏の甲子園の高校野球は第100回に当たり、過酷な高校野球のやり方を考え直す節目の年でした。無名に近い金足農(秋田)が決勝に進み、大会ナンバーワンの吉田投手が一人でマウンドを背負い、最後は体力の限界から降板した場面は、そのことを訴えています。

準決勝までの5試合をすべて完投、地方大会も含めれば10試合を1人で投げ抜き決勝に臨んだ吉田投手(NHKニュースより:編集部)

朝日新聞一面最上段に、「主催者/朝日新聞社・日本高野連」と書いてあります。朝日新聞社は自ら主催者の筆頭に位置づけていますから、甲子園野球の最高責任者です。毎回、大会事務局にも多数の記者、職員も派遣しているはずです。他者には厳しくあたり、反省を迫る朝日新聞ですから、今後の改革に期待しましょう。

野球のすそ野を広げ、高校野球のレベルアップに朝日が貢献してきたことは誰もが認めます。一方、販売部数の拡張の有力な手段であったことは間違いありません。酷暑の中で過酷なスケジュールが組まれ、選手寿命を痛めつけているのも事実です。そのことへの対策が二の次になっています。各紙が触れる「吉田投手が甲子園6試合で881球を投げた」は、無謀でこそあれ、礼賛すべきではありません。

朝日はスポーツ紙に早変わり

大阪桐蔭が春夏連覇で、優勝校となった最終日、朝日はどのような紙面を編成したでしょうか。1面「史上初、二度目の春夏V」、15面「観戦記」、16面「試合展開」、17面「金足農、未完の熱腕」、18面「1点差16試合、多かった好勝負」、社会面「金足農、雑草の誇り」の構成です。6頁は野球の記事で全面、埋め尽くされ、主催者ものとはいえ、スポーツ紙です。販売政策のためでしょう。

吉田投手の投球は「直球が浮き上がってくる。ボールに見えた球がストライク・ゾーンに浮いてくる」。高校球史で屈指の剛球・球速、巧みな配球の組み立て、しかも予選から1人で投げぬいてきた類稀な体力を備えています。球界の至宝が過酷な連戦で足腰肩を壊さないか、それが心配でした。

吉田投手が決勝戦の初回、珍しくバランスを欠いたフォームでの投球が暴投となり、先取点を許し、歯車が狂い始めました。暴投は変化球のすっぽ抜けで、どこかを痛めているとの予感がしました。何日か前に、すでに股関節に痛みが出ているとの記事もありましたから。

予兆があった体力の限界

全6頁の記事の中で、最も重要な箇所は、1面の戦評にある「オレ、もう投げられない」(5回)との発言です。その前の暴投(1回)は予兆だったのでしょう。体力の限界まで戦わせる危険な選手起用は、朝日にかかると、「初優勝はかなわなかったが、金足農の絆を甲子園に刻んだ」と、一転、美文調の名調子に姿を変えます。

朝日の記事によると、「球数が100に迫った4回途中から下半身に力が入らなくなった」(1面)、「5回に入り、お尻の辺りが思うように動かなかった」(17面)とも、本人が述べています。下半身、股関節に異変が起きたのでしょう。ここが最大のポイントです。そこまで投げさせてはいけないのです。

選手は必死ですから、最後まで頑張ろうとします。指導している監督が異変を察知して、投手交代を告げなければいけない。大会主催者が事前に環境作りをしておかなければいけない。こんな無謀な投手起用を「金足農、雑草の誇り」、「9人一丸、連投エース支え成長」と、名調子の美文に代えてしまう朝日の責任は重いと思います。

無謀な戦いを美化した戦争物に似る

無謀な戦いを美化し、名調子の進軍記事を乱造した太平洋戦争当時の新聞にどこか似ていませんか。優勝した大阪桐蔭については「王道踏破、チームの心、根尾(遊撃手)有終弾」、「平成の王者」の見出しで、これもなにやら戦争記事みたいですね。朝日が最も嫌う戦争ものが甲子園で登場するとは驚きます。当時も新聞を戦争もので飾ると、部数が伸びた。どこか似ていませんか。

それはともかく、選手寿命を販売政策の犠牲にしないために、どうすべきか。朝日はほとんど何も触れていません。社説の末尾に「猛暑への対策をはじめ、体への負担が大きい投手を中心とする選手のケガ防止の徹底など、課題は少なくない」と、付けたりのように書いてあるだけです。6頁使って、肝心な部分は4,5行にすぎません。

高校球児が故障すると困るのは、有力選手を待ち望んでいるプロ野球です。巨人軍を持つ読売新聞は、「1人の投手が抑えるのは難しくなった。一方、地方で実力のある投手を複数育てるのも難しい」、「投球回数、投球数の制限が必要」など、関係者のコメントをいくつか紹介しています。朝日新聞は、「甲子園さえよければ」と思わず、率先して、対策をとるべき責任があります。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。