「犬の話」が続くが、グーグルで「犬」の話を探索しているわけではない。スイス・インフォからスイスの牧羊犬の現状について考えさせられる記事が配信されてきたのだ。牧羊犬に関心のある読者はスイス・インフォのHPをクリックして読んでもらえばいいが、忙しい読者のために少々長い話をコンパクトにまとめて紹介する。犬の好きな読者にとって、アルプスの山岳地域に住む牧羊犬の話は興味深いはずだ。
記事のタイトルは「守るべきは羊か観光客か、牧羊犬めぐり揺れるスイスの農村」だ。牧羊犬はガードドッグと呼ばれる。彼らは草原で草を食べる羊の群れをオオカミ、クマなどから守ることが仕事だが、夏の観光シーズンになると、多くの観光客がアルプスの草原をハイキングしたり、マウンテンバイクで走り回る。彼らが羊の群れに近づくと、牧羊犬はその人間をオオカミやクマと勘違いして敵意丸出しの顔で吠えるケースが出てくる。単に吠えるだけではなく、牧羊犬にかまれたハイカーの被害すら報告されているというのだ。
ガードドックが観光客を襲撃するケースを懸念し、真っ白な牧羊犬マレンマ・シープドック(Maremmano Abruzzese)を観光地域から追放しようというイニシアチブが飛び出し、ガードドック禁止の運動まで始まったというのだ。
スイスの山岳地域では夏の観光客を呼ぶために様々なアイデアを考えている。その際、観光客を襲撃するかもしれない牧羊犬の存在は困るわけだ。記事は「伝統と観光の共存がかかった問題」と深刻に受け取っている。
記事で面白い個所はガードドックの性質に言及したところだ。「羊の群れの中で育った。自分も羊だと思い込むほど、どの犬もすっかり群れに溶け込んでゆく。他の羊より、少し闘志と声量が豊かなだけだ。だからこそ、危険の匂いのするものを全て追い払う役目を任せられる。第一の危険はオオカミ、クマ、そしてヤマネコ。しかし、時にはハイカーが危険と見なされることもある」というのだ。ガードドックは使命に徹底した忠実なプロというわけだ。
一方、ガードドックにぶつかった観光客はその威圧的な声に驚かされる。犬は基本的には人間を襲撃しないことを知っていても、やはり怖い。そこで観光を優先してガードドックを禁止することに賛成する人も出てくる。ガードドックの代わりに、電流フェンスを設置すればいい、という案も出ている。
当方は警察犬、障がい者を世話するアシスタント・ドックや盲導犬には常に頭が下がる。牧羊犬は羊を命がけで守るという任務を担っている。その牧羊犬を観光エリアから追放するという話は、他人事ではない。
車椅子の人には通常、アシスタント・ドックが伴う。若いアシスタント・ドック(オス)が飼い主と共に歩道を渡ろうとした。近くに盲導犬(メス)が歩いている。若いアシスタント・ドックはその雌犬に気を奪われて壁にぶっつかってしまった。すると、車椅子の飼い主は怖い顔をしてそのアシスタント・ドックを叱っている、という場面を見たことがある。
仕事中は集中しなければ事故を起こす、ということをアシスタント・ドックに教えなければならない。だから、若い犬は定期的に補修訓練を受ける。繰り返し、繰り返し学びながら、一人前のアシスタント・ドックに成長していくわけだ。
牧羊犬の話に戻る。スイス・インフォの「牧羊犬と観光客の話」は、「自然と観光の共存」という大きなテーマだ。人は休暇ができると、外国の地、他の観光地を見に行こうとする。一方、観光客を迎える観光地側では様々なイベントが催され、旅行者を歓迎するために腐心する。
観光地にとって、旅行者は大切だが、その町に住む住民はどうしても落ち着きを失い、町自体も喧噪が大きくなっていく。「牧羊犬」よりも「観光客」を優先するようになり、「住民」の生活より「旅行者」を重視するようになってしまう傾向がある。
当方は米国を旅行した時、一人の老女から「観光とは、神の創造の光を観ることだ」と教えてもらったことがある。40年前の話だが、欧州の観光地、音楽の都ウィーンに住んでいると、その老女の話を時には懐かしく思い出す。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。