メルケル大連立政権の“ドタバタ劇”

長谷川 良

ドイツの政情は韓国のそれとは違い急展開することは少ない。政治家を含めドイツ国民はよく考えるし、たっぷりと議論し、結論を出すからだ。パリパリ(早く早く)が国民性の韓国人とは、いい悪いは別として、全く違う。

例を挙げて説明する。思い出してほしい。サッカー・ワールド大会(W杯)ロシア大会で予選グループ選で最下位に終わった時、ドイツ社会はカオスに陥った。考えられない、惨めな結果だったからだ。ヨアヒム・レーブ監督(58)は8月29日になってやっと敗戦の原因解明を終え、記者会見した。歴史的敗戦後、ほぼ2カ月の月日が経過していた。とにかく、ドイツ人は考える時間が必要な国民だ。ドイツ人の強さも弱さもそこにある。

問題は、十分に議論した末、その結論に問題が見つかった時だ。ドイツ人は自信を失い、当惑する。ドイツ情報機関の連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス・ゲオルグ・マーセン長官の処遇問題でメルケル首相をはじめ、関係省のゼーホーファー内相、連立政権パートナーの社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首は議論を重ねた。そして今月18日にマーセン長官の更迭を決定したが、同長官を内務次官に転任させることも同時に決めた。ゼーホーファー内相曰く、「マーセン長官の能力を失うことはできない」と説明している。

マーセン氏処遇の見直しに同意したメルケル首相(公式Facebookより:編集部)

問題は、3者会談で上記の人事異動が決定したにもかかわらず、SPDと野党から激しい批判の声が飛び出してきたことだ。マーセン長官の解任は当然だが、その長官をなぜ内務次官に抜擢するのか。それでは栄転を意味する、といった余りにも当然すぎる批判だ。

特に、マーセン長官のために内務次官ポストを失うSPDから強い批判の声が出てきた。それに驚いたナーレス党首はメルケル首相に、「マーセン長官の人事問題について再度交渉したい」と要請。メルケル首相もゼーホーファー内相も申し出を受け入れ、「今週末までには最終決定したい」ということになった。交渉のやり直しだ。ドイツ人らしくないドタバタだ。

ドイツ情報機関のトップ、マーセン長官の更迭劇については、このコラム欄でも数回報告した。ことは先月26日から27日にかけてドイツ東部ザクセン州のケムニッツ市で35歳のドイツ人男性が2人の難民(イラク出身とシリア出身)にナイフで殺害されたことから始まった。極右過激派、ネオナチ、フーリガンが外国人、難民・移民排斥を訴え、路上で外国人を襲撃。それを批判する極左グループと衝突し今月1日には18人が負傷した。

メルケル首相はその直後、「法治国家で路上で難民や外国人が襲撃されることは絶対に許されない」と極右グループの蛮行を厳しく批判した。そこまでは問題なかったが、マーセン長官が今月7日、日刊紙ビルトで「ケムニッツ市の暴動を撮影したビデオを分析した結果、極右派が外国人や難民を襲撃した確かな証拠は見つからなかった」と述べ、極右派が難民を襲撃しているところを映したビデオに対して「信頼性に疑いがある」と言ってしまったのだ。

次は、マーセン長官の発言がなぜ政権の危機を誘発させたかだ。反難民、外国人排斥を訴えて路上に繰り出す「ドイツのための選択肢」(AfD)ら極右勢力に対し、メルケル連立政権ではその対応でコンセンサスが出来ていない。メルケル首相は、「ドイツの民主主義を危機にさらしている」と反難民・移民政策の危険さを訴える。そこにマーセン長官の発言が飛び出し、AfDを擁護しているような印象を与えてしまった。いずれにしても、ゼーホーファー内相の「難民・移民が(ドイツが直面している)全ての問題の根源だ」という発言はある意味で正鵠を射っている。

躍進続けるAfDの連邦議会代表のアリス・ワイデル氏とアレクサンダー・ガウラント党首(左)=AfDの公式サイトから

ドイツ公営放送ARDが21日公表した政党支持に関する世論調査によると、AfDはSPDを抜いて第2党に躍進した。メルケル首相が率いるCDU/CSU(キリスト教社会同盟)は28%と支持率を落としたが依然トップ。それをAfD18%、SPD17%が追う情勢だ。AfDが政権を奪うことができる近距離に接近してきた。ちなみに、CDU/CSUとSPDの現大連立政権の政党支持率は合わせても45%と過半数の50%を下回っている。

来月14日にはバイエルン州議会選が実施される。ドイツ南部の同州は2015年の難民・移民の殺到をもろに受けた州だけに、反難民・移民の声は他の州より強い。世論調査ではAfDは同州でも既に第2党に躍進し、これまで過半数を支配してきた与党CSUの支持基盤を崩してきている。

ドイツの2大政党(CDU/CSUとSPD)には昔のような勢いはない。4期目に入ったメルケル首相(CDU党首)には“欧州の顔”と評価された時のような指導力はもはや期待できない。SPDは久しく低迷し、難民・移民問題では党内の意見調整が難しく、コンセンサスを見出すのが難しい(「ドイツで難民不正認知問題が浮上」2018年5月25日参考)。

100万人を超える難民・移民が殺到した2015年以降、2大政党は益々その指導力を失ってきた。マーセン長官の人事処遇問題でのドタバタ劇は、今年3月14日に発足したばかりの第4次メルケル大連立政権が既にレームダック状況に陥ってきたことを示している。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。