独週刊誌「法王よ、嘘つくなかれ」

長谷川 良

ローマ法王フランシスコにとってエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国の司牧訪問(9月22~25日)は息抜きとなったかもしれない。世界のカトリック教会で連日、聖職者の未成年者への性的虐待問題が報じられ、批判の矢はいよいよローマ法王に向けられてきた時だからだ。

▲「汝、嘘をつくなかれ」というタイトルでフランシスコ法王を批判する独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙

▲「汝、嘘をつくなかれ」というタイトルでフランシスコ法王を批判する独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙

バチカン関係者が法王の第25回目の司牧訪問(バルト3国)に専心している時、バチカン報道で定評のある独週刊誌シュピーゲルが最新号(9月22日号)でフランシスコ法王を「嘘つき」と批判する特集を掲載した。写真を含めて10頁にわたる特集のタイトルは「汝、嘘をつくなかれ」だ。旧約聖書「出エジプト記」第20章に記述されているモーセの10戒からの引用である。

世界13億人の信者を抱える最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者にして、ペテロの後継者ローマ法王に対し、「汝、嘘をつくなかれ」(隣人について偽証してはならない)と訓戒するためには勇気が必要だ。それだけに、シュピーゲル誌は事実確認を繰り返しながら慎重に取材していったはずだ。

同誌は「ローマ・カトリック教会は現在、危機にさらされている」と指摘。その直接の契機は、前米国駐在大使だったビガーノ大司教が「フランシスコ法王は米教会のセオドア・マキャリック枢機卿の性的犯罪を知りながら、それを隠蔽してきた」と指摘し、法王の辞任を要求したことだ。

ビガーノ大司教の批判は詳細に及ぶ。ベネディクト16世が聖職から追放したのにもかかわらず、マキャリック枢機卿を再度、聖職に従事させたのはフランシスコ法王だ。同法王は過去、5年間、友人のマキャリック枢機卿の性犯罪を知りながら目をつぶってきた(今年7月になってようやく同枢機卿の聖職をはく奪する処置を取った)。

フランシスコ法王は同枢機卿の性犯罪を隠蔽してきたという批判に対し、返答せず、これまで沈黙してきた。シュピーゲル誌は「南米出身のローマ法王は普段、饒舌だが、肝心な時、いつも沈黙の世界に逃げる」と評している。

当方はこのコラム欄で「法王、沈黙でなく説明する時です」(2018年9月5日参考)という記事を書いた。沈黙が続く限り、ビガーノ大司教の書簡がやはり正しいかったと考えられるからだ。ローマ法王はそのことは知っているはずだが、口を固く閉ざしている。

そこで当方は「聖職者の性犯罪を隠蔽してきた問題が単にフランシスコ法王だけではなく、前法王ベネディクト16世ばかりか、故ヨハネ・パウロ2世にまで及ぶ危険性があったから、沈黙せざるを得なくなったのではないか」と推測した。(「法王の『沈黙』の理由が分かった」2018年9月10日参考)。しかし、この受け取り方は甘かった。シュピーゲル誌の特集を読んで分かった。

結論を言えば、フランシスコ法王は過去も現在も聖職者の未成年者への性的虐待問題を隠蔽してきたのだ。少し説明する。

フランシスコ法王が第266代のローマ法王に選出されて早や5年半が経過するが、出身国アルゼンチンにはまだ凱旋帰国していない。これは何を意味するのか。

故ヨハネ・パウロ2世は就任直後、故郷ポーランドを何度も凱旋帰国したし、ベネディクト16世もドイツを訪問し、国民はドイツ人法王を大歓迎したことはまだ記憶に新しい。一方、フランシスコ法王は母国にまだ帰国していない。シュピーゲル誌は「フランシスコ法王はローマに亡命中」と皮肉に報じているほどだ。

アルゼンチンが軍事政権時代、その圧政に対して当時ブエノスアイレス大司教(ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ大司教)だったフランシスコ法王は十分に抵抗せず、軍事政権の独裁政治を受け入れてきた経緯があるから、母国の国民の前に帰国できないのかもしれない、と考えてきた。

事実はそれだけではなかった。フランシスコ法王が母国を凱旋訪問できない理由は、ブエノスアイレス大司教時代、聖職者の性犯罪を隠蔽してきたからだ。聖職者の性犯罪の犠牲となった人たちがローマ法王となったフランシスコ法王に書簡を送り、そこでアルゼンチン教会で多くの聖職者の性犯罪が行われてきた事実を報告した。その書簡の日付は2013年12月だ。フランシスコ法王はその書簡にも返答せず、沈黙している。

フランシスコ法王は過去、ブラジル教会やペルー教会を訪問したが、母国を訪問しなかった。南米訪問の日程作成の段階でアルゼンチンは訪問先から外された。その理由はこれで明らかだろう。

フランシスコ法王がアルゼンチン入りすれば、聖職者の性犯罪の犠牲者たちが声を高くして訴えるだろう。「大司教時代、あなたは何をしていたのか」と叫ぶ時、フランシスコ法王はどのように答えることができるか。聖職者の性犯罪に対し、“ゼロ寛容”を叫び、性犯罪を隠蔽してきた聖職者は今後、教会の聖職には従事させない、と表明してきた法王だ。その法王が多数の聖職者の性犯罪を覆い隠してきたのだ。

ローマ・カトリック教会では聖職者の性犯罪が世界に広がっている。米国教会では聖職者の性犯罪の犠牲者数は1万9000人にもなる。カナダ教会、チリ教会、ベルギー教会、アイルランド教会、オランダ教会、ドイツ教会、オーストラリア教会、オーストリア教会で聖職者の未成年者への性的虐待事件が次々と発覚している。

フランシスコ法王は法王就任直後、バチカン改革を推進するために9人の枢機卿を集めた頂上会議(K9)を新設し、教会内外に改革刷新をアピールしたが、9人の枢機卿のうち、少なくとも3人の枢機卿(バチカン財務長官のジョージ・ペル枢機卿、ホンジュラスのオスカル・アンドレス・ロドリグリエツ・ マラディアガ枢機卿、サンチアゴ元大司教のフランシスコ・エラスリス枢機卿)は今日、聖職者の性犯罪や財政不正問題の容疑を受けている。フランシスコ法王が主張する教会刷新の実相が如何なるものか、これで分かるだろう(「バチカンNo3のペル枢機卿を起訴」2018年5月3日参考)。

ローマ・カトリック教会の現在の危機は、教会改革を推進するリベラルなフランシスコ法王に対し、それに抵抗する保守派聖職者との抗争といった図ではない。問題は、バチカンを含むカトリック教会がイエスの福音から久しく離れ、根元から腐敗してしまったことにある。「教会はこの世の権力を享受するため、その魂を悪魔に売り渡してしまった」というドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の登場人物の台詞を思い出す。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。