「犬ケ島」、あふれる日本愛

ウェス・アンダーソン監督「犬ケ島」。
http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/

少年と犬の友情と冒険を描く、近未来の日本を舞台にしたストップモーション・アニメです。
ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞しました。ベルリンは2002年 宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」に金熊賞を与えています。アニメに深い理解を示す映画祭です。
以下、ネタバレ注意含みの感想です。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

日本への愛があふれています。外から日本をみると、こういう姿になるのか。
近頃「クールジャパン」政策に対する風当たりが強く、その多くは「自分のことクールって言うな」批判なんですがね、そうなんですよ。もともとクールジャパンは海外から入ってきた「おまえらクール」を示す言葉・概念でして、自分で言い募るものではない。

なので今、改めてクールジャパン政策は海外からみた日本のよさに注目するよう舵を切っています。自分が見せたいモノより、海外が見たいモノ。プロダクト・アウトじゃなくてマーケット・インです。

その点で「犬ケ島」はたくさんの視座を与えてくれます。
なつかしいけどエキゾチックな日本が描かれているんです。

富士のような山と桜。和太鼓、浮世絵、石庭、大相撲、そして寿司職人。(寿司を握る完璧なアングルのシーンは特筆モノの名場面です。)
これら純和風に交じる昭和レトロ。古臭いテレビ、赤い電話、昭和30年代風ファッション、ラーメン屋・商店街。さらに現代Tokyoっぽいビルや工場。
キャラクターの犬たちは日本犬らしくなく洋風で、それが外からの眼を意識させます。でも、犬たちが闘うシーンはぜんぶ白い雲のみでドタバタする日本マンガ表現。ニッポンがお好きです。

音のしかけも効果的でした。
全編を通じて太鼓のリズムが和の通奏低音をなし、昭和30-40年代日活映画のような頼りない単音ギターが哀愁をただよわせます。カフェのシーンで、さあさみなさんトーキョー名物、暁テル子「東京シューシャインボーイ」がかかったのには笑いました。よりによってそれかい。なので「七人の侍」のテーマ曲が流れたのはごく当然に聞こえました。

七人の侍オマージュ映画でした。三船敏郎っぽい市長は悪役なのですが、その悪に弱者が立ち向かう。構図はどこを切っても小津・溝口っぽい完璧な様式美でありながら、ストーリーやモチーフは黒澤明。

その点、ぼくは「ベイマックス」とシンクロして見ていました。ベイマックス、いや原題の「Big Hero 6」のほうが正しく内容を表現しているアニメですが、少年と5人の仲間たちによる友情と勇気のものがたり。
日本の戦隊ヒーローものへのフル・オマージュをトーキョーのような町でくりひろげたディズニー作品で、源流は七人の侍に見て取れるのですが、犬ケ島も少年と5匹の活劇で、邦画の古典から70sポップカルチャー、そして現代へと引き継がれているありがたさを感じた次第です。

「ベイマックス、てゆーか、BIG HERO 6」
http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2015/01/big-hero-6.html

もちろん1982年リドリー・スコット「ブレードランナー」、2003年タランティーノ「キル・ビル」、今年のスピルバーグ「Ready Player One」(AKIRA・ゴジラ・ガンダム)などハリウッド実写でも日本スキは連綿としていて、犬ケ島はその熟度、レトロからポップまでの蓄積を確かめさせてくれます。

ストップモーションアニメでしかできない表現です。ベイマックスのようなデジタルアニメや Ready Player OneのようなCGの流れる表現とはうらはらの、アナログなざらつき。そう、アナログの力です。

「アーロと少年」、「リメンバー・ミー」らディズニー&ピクサーによる近年のアニメ作品では、背景描写などはもう現実を超える現実感をもって描かれ、「想像」の余地を与えぬ行き着き度を見せますが、犬ケ島のストップモーションは、制約があるがゆえのリアリティーをもたらしています。オーディエンスを前のめりにして想像させる装置。670人、14万静止画、1097体の人形によって作られたという数の力とも言えましょう。

なお、ぼくはネコを飼っています。彼らとは主従関係が成り立ちません。ネコなので。同居人であり、友人です。犬ケ島は、犬との主従関係と友情とが交錯します。ぼくにはその機微がつかみづらい。
だけど、ラストのセリフに、作者たちのメッセージが込められ、共感しました。
「従順なオスは退屈よ」
「Thank You.」


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。