国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(Human Rights Watch= HRW)が1日、ソウルで記者会見を開き、北朝鮮での女性への性暴力の実態を報告した、全72頁に及ぶ報告書によると、北の女性たちは朝鮮労働党幹部、官僚、警察・刑務所関係者などによって常に性的暴行を受けているという。
金正恩朝鮮労働党委員長の父親、故金正日総書記時代には「喜び組」と呼ばれ、党幹部たちに性的サービスを提供する女性たちの存在が西側にも報じられたことがあるが、「喜び組」の女性たちだけではなく、女性たちは北朝鮮では社会の指導層から常に性暴行を受ける運命にあるというのだ。多くは保安省(警察官)や保衛省(情報機関・秘密警察)所属担当者などによる性暴力だ。
北朝鮮の女性への性暴力を訴えるために韓国入りしたHRWのケネス・ロス代表は、「女性への性暴力は戦場や監獄では通常だが、北の場合、一般の女性が職場や市場で性暴力を受けている」と指摘、北では女性への性暴力が社会全般に蔓延していると証言している。
HRWの最新報告書は2015年から18年の間、金正恩委員長が権力を掌握した2011年以降に脱北した62人とのインタビュー内容(You Cry at Night but Don’t Know Why)をまとめたものだ。
HRW報告書の内容は韓国や日本では良く知られていることで新しいことではない。不思議に感じる点は、韓国の文在寅政権が北朝鮮の女性の人権蹂躙を批判したという話を聞かないことだ。人権弁護士だった文大統領は「女性の権利」を含む「人権」問題を金正恩氏との会談で議題としたことすらないのだ。
ところで、北朝鮮の女性の権利蹂躙、性暴行については沈黙する文大統領が70年以上前の旧日本軍の慰安婦問題を事ある度に取り上げ、「旧日本軍兵士の女性に対する尊厳蹂躙」と酷評し、世界各地に慰安婦の女性像を設置し、国際社会に日本の戦時の女性の権利蹂躙問題を訴えている。このアンバランスはどこから生じるのだろうか。文大統領には「女性の権利蹂躙」は問題ではなく、「旧日本軍」が問題なのではないか、という素朴な疑惑さえ湧いてくる。
もう少し突っ込んで考えてみる。ベトナム戦争時の韓国兵士のベトナム女性への性的暴行や蛮行はどうなのか。文大統領はベトナム訪問時に韓国側の戦後対応に謝罪表明したが、韓国兵士の慰安婦問題には何も言及しなかった。戦時の旧日本軍の問題にあれほど執着する文大統領が、ベトナム訪問時では途端に口が重くなってしまった(「文大統領の『心こめた謝罪』とは何?」2018年1月11日参考)。
旧日本軍の慰安婦問題もベトナム戦争時の韓国兵士の女性への性暴力もいずれも戦時に生じた問題だが、文大統領の目には前者が問題であり、後者に対しては曖昧な謝罪表明で片付けている。文大統領にとって「女性の権利蹂躙」が問題ではなく、「旧日本軍」が問題ということがよく分かる。
北朝鮮の女性への性的虐待もベトナム戦争時の韓国兵士の性暴力も文大統領にとって問題とはならないのだ。少なくとも、声を大にして叫ぶテーマではないのだ。ロス代表が記者会見でいったように「戦場や監獄では女性への性暴力は日常茶飯事」であり、残念ながらどこでも起きていることだからだ。しかし、「旧日本軍が戦場で犯した場合」だけは、女性への性暴力は途端に大問題となるわけだ。
明らかに、文大統領は反日思想に凝り固まった政治家と言わざるを得ない。文大統領には「女性の権利擁護」といった普遍的な価値観はない。普遍的人権といった国際社会が共有する価値観を文大統領は共有していないのだ。
その文大統領が以前人権弁護士だった、ということが信じられなくなる。女性への性暴力を犯しても韓国兵士、北朝鮮指導者の場合は大目に見て、静観する一方、旧日本軍の場合、顔色を変えて叫びながら批判を繰り返す。そこには普遍的人権という価値観はまったくない。
文大統領は先日、バチカン法王庁を訪問し、フランシスコ法王と謁見し、金正恩氏の「訪朝招請」を伝達したが、大統領は「宗教の自由」では最悪の国であり、人権蹂躙が繰り返されている国の首都平壌をローマ法王が本当に訪問すると考えているのだろうか。考えているとすれば、文氏にとって「人権」蹂躙は対話の障害となるテーマでないことを裏付けている。「人権」を重視していたならば、金正恩氏に法王の訪朝招請を助言するという考えすら浮かばなかったはずだ。
残念ながら、文大統領の「人権」は右にも左にも揺れる風見鶏のようなものだ。日本にとって文大統領が率いる韓国は共通の価値観を有する同盟国とはいえなくなってきている。戦後補償の個人請求権は1965年の日韓請求権協定で消滅することになっているにもかかわらず、4人の元徴用工の賠償請求を認めた韓国大法院(最高裁)の判決はそのことを改めて強く感じさせた。国際条約も普遍的人権も韓国ではいつでも破棄できる“軽い”ものに過ぎないのだ。日本側はその点を忘れずに隣国と対面すべきだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。