キャッシュレス化で失われる現金が持つ匿名性

日本でキャッシュレス化が遅れているのは、通貨への信認が高く、また全国どこでも気軽に使えるインフラが整備されていることなどがあげられる。さらに現金にある匿名性も影響しているのではなかろうか。

我々が現金を使うときには、使った紙幣の保有者が特定されるようなことはない。クレジットカードを利用すれば、当然ながら記録が残る。預金口座からの引き出しもその金融機関のデータは残るが、その現金をどこで何に使ったまではトレースできない。ただし、ポイントカードなどを使用すると誰が何を購入したのかのデータが残る。

アマゾンを頻繁に利用している人も多いと思われるが、そのではすべての購買データが残っている。それはアマゾンの画面上で簡単に調べることができる。アマゾンとしては個人の購買データが蓄積され、それがいわゆるビッグデータとなり、利用価値の高いものとなる。

アマゾンで配送料が低く抑えられているのは、膨大が数量を扱えることや、アマゾンプライムの会費なども原資となっていると思われるが、蓄積される消費のビックデータも大きな価値を持ってきているためといえるのではなかろうか。

中国などでのQRコードを使った決済は、現金取引に制限があったりすることで急速に拡大した。それとともにそのキャッシュレス決済がもたらすビッグデータの価値そのものが大きく、その分、店舗の手数料を引き下げるなどしたことで拡大した面もある。

このようにキャッシュレス化によってもたらされるビックデータの価値によってもキャッシュレス化による手数料等の負担は軽減できる。しかし、それはつまり我々の商取引データが使われることになる。それに対して現金はそもそも手数料は発生しない上に、常に匿名性が維持される。

日銀の雨宮副総裁は10月20日の「マネーの将来」と題する講演で次のようなコメントがあった。

「現在、多くの巨大IT企業がキャッシュレス決済の分野に参入するとともに、これらのサービスを安価、ないし時に無料で提供できているのは、企業側が支払決済サービスをデータ収集のプラットフォームと捉え、集めたビッグデータを様々な用途に活用できるためと考えられます。これらのサービスのユーザーは、サービス利用の対価を、自らのデータを提供する形で支払っているとみることもできます。」

我々は現金決済の匿名性を重視するのか、それともデータ利用を承知の上で匿名性を捨ててキャッシュレス決済にするのか。日本でのキャッシュレス化の浸透には、匿名性を失うことによる何かしらの対価も必要となるのではなかろうか。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。