「シャブ山シャブ子論争」で伝えたかったこと

田中 紀子

先日、アゴラさんで記事にして頂いた、ドラマ「相棒」で登場した「シャブ山シャブ子」の件、まだ、お読み頂いていない方、是非ご一読下さい。

ドラマ「相棒」シャブ山シャブ子の弊害

さらにこの件、本日の女性自身さんも記事にして下さり、私のブログが引用がされております。
こちらもご一読下さい。

絶好調の『相棒』に暗雲?「シャブ山シャブ子」めぐり大論争

また、松本俊彦先生がプレジデントに渾身の記事を書かれていますので、
こちらも絶対にお読みください。

「シャブ山シャブ子」を信じてはいけない

ドラマ「相棒」より:編集部

このように多くの反響を読んだ「シャブ山シャブ子論争」ですが、時代が変わったなぁと実感するのは、こういった記事をあげても明らかな罵倒などが殆どなかったことです。
むしろ共感して下さる方もすごく増えたと、大変有難く思います。

そして今回すごく感激したのが、
「そうだったんだ!TVをなんでも信じちゃいけないんだね。」
「あれが薬物依存症者の姿だと思ってたけど、違うんだ!」
というコメントを頂いたり、さらには記者さんから「恥ずかしながら私もあの姿が覚せい剤依存症の人なんだ!って全然疑問に思いませんでした」などとお電話頂けたことです。

しかしながら、松本俊彦先生、斎藤環先生、そして私の発信に対し、世の多くの方々が「その通りだ!」とおっしゃって下さったか?と言えば、全くそんなこともなく、ヤフーニュースのコメントなどを拝見すると、もっとも多かったご意見は、
「でも、薬物の恐ろしさが伝わって良いのでは?」
というものなんですよね。

そう、一般の方々って、この「薬物の恐ろしさを伝え=予防教育になる」と思われるんです。
それは何故かと言えば一般の方々は、厚労省の麻薬取締官や、警察庁の「人間やめますか?」「ダメ絶対」教育を受けてこられたからなんです。

でも、そんなに恐ろしさをことさらおどろおどろしく伝える必要なんてあるでしょうか?
普通に覚せい剤の害をしっているだけで、9割以上の人は手を出したりしないですよね。
シャブ山シャブ子を見ても見なくても、やらない人はやらないんです。

逆に、シャブ山シャブ子のような真実とは違うドラマを見たおかげで、
「大丈夫だと思ってやってしまった」という人がでたり、「社会ではどうせこんな風に思われているんだ・・・」と、回復のモチベーションを奪ってしまう人がいるのです。
だからこそあのような誤解と偏見による、事実とは異なる番組を作らないで欲しい!と発信させて頂いている訳です。

実際は、シャブ山シャブ子のような人が近寄って来る訳ではなく、優しくて、かっこよくて、綺麗な、お兄さん、お姉さんが薬を持って近づいて来るのですから、そのルックスから、たやすく「一度だけなら、大丈夫!」という言葉を信じてしまいますよね。

さらには回復しようとしている人達があの映像を見たらどうでしょうか?
自暴自棄になって「回復なんか頑張っても社会に居場所などない」と、挫折してしまいますよね。

風評や思い込みというのは恐ろしいものです。
松本先生も書かれていますが、ハンセン病の患者さんが、全くの誤解から忌み嫌われ、閉じ込められてしまったように、薬物依存症者も、誤解や偏見、国ぐるみでおこしたネガティブキャンペーンから得体のしれない恐ろしい人となってしまい、忌み嫌われてしまっているのです。

「犯罪者なんか、愛せない!」「嫌われて当然」と言われるのですが、覚せい剤などの違法薬物事犯は、罪の大きさに比べて、あまりにも過大なスティグマを植え付けられています。
そのスティグマの大きさが、社会での再起を阻害しているのです。

逆に、合法とされるアルコールやギャンブルの依存症のほうが、よほど被害者を生み出しているのではないか?と思うんですね。
特に、ギャンブルの横領や窃盗事件なぞ、それこそ毎日のようにどこかで報道されています。
何億円という巨額横領事件だって、枚挙にいとまがないですよね。

けれどもそんな「被害者あり」のギャンブル依存より違法薬物依存の方が、
ずっと強いスティグマがあると思いませんか?
それは徹底したネガティブキャンペーン「人間やめますか?」「ダメ絶対」の影響が大きいのです。

では、日本人が薬物問題でどんどん死刑にしてしまう国をみたらどうでしょうか?
「やりすぎ」「行き過ぎ!」と憤りを感じませんか?
すでに中国などでは、日本人が7人も死刑にされていて、これに対し、国連をはじめとして世界中で非難の声が上がっています。
中には冤罪を叫んだまま死刑が執行されてしまった方もいるのです。
私だって、こんな記事を読むと、「薬物は恐ろしい…」と震えあがってしまいます。

でも問題は、人々を震えあがらせ、世界で最もスティグマを強め厳罰化を貫き、外国人であろうと、冤罪であろうとバンバン死刑にしてしまう中国の、薬物政策が決して上手くいっていないということです。

こちらの記事をご一読頂ければお分かりの通り、

中国の麻薬使用者は250万人、若年層の割合が依然高く―中国紙

なんと2016年度の麻薬使用者は前年比の6.8%も増加しているのです。

では今度はその真逆に、覚せい剤事犯となった海外セレブに対してはどうでしょうか?
・ドリュー・バリモア
・ロバートダウニーJr
・エミネム
海外セレブは、違法薬物の使用がわかっても、「リハビリ施設で回復し復帰」
という記事を度々目にするため、全く違う印象を感じないでしょうか?

ロバートダウニーJrなど、8歳で薬物に手を染めたと言われ、これまで6回も逮捕された、それこそ重度の薬物依存症者です。日本でいえば田代まさしさんのような存在です。

でも、彼にシャブ山シャブ子のような凶悪犯のイメージなど持たないですよね。
アベンジャーズで大活躍していて、6回の逮捕なんかなんのその!
今や、推定年収100億円ですよ。

みなさん、ロバート・ダウニーJrが「ご飯食べよう!」と誘ってきたら、薬物依存症者だからって断ります?「シャブ山シャブ夫だぁ~」と言って逃げます?喜んでご一緒しますよね!

このように同じ覚せい剤事犯であっても、国によって扱いが天と地ほど違い、マスコミの報道の仕方、記事の書き方によっても印象は全く違うのです。

では、スティグマを強め、覚せい剤事犯を危険人物とみなし、社会で居場所をなくしていったとしたら、薬がやめられるのでしょうか?ロバートダウニーJrを社会復帰させず、うらぶれたホームレスとなっていたら、果たして薬物はやめられたのでしょうか?

答えは、歴然としていますよね。

スティグマを強めることって、「薬物の恐ろしさを伝え、薬物問題を抑止させる」という効果など、実際にはないのです。

必要なのは、ロバート・ダウニーJrの映画界復帰に手を貸したメル・ギブソンの様な役割の人と、受け入れてくれるハリウッドのような「再起を認める社会」なのです。

日本は、あまりに時代遅れで、薬物依存症の取組みが、ただ単に「脅す」という1点だけで何十年も過ごしていて効果がありません。

シャブ山シャブ子のような誤った印象操作は、何の役にも立たないどころか、実際には弊害しかないのです。


編集部より:この記事は、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表、田中紀子氏のブログ「in a family way」の2018年11月13日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「in a family way」をご覧ください。