吉本興業、次の100年に向けた挑戦(後編)

>>>前編はこちら

吉本興業は創業100年を経て、デジタルに舵を切り、人材の能力発揮・多角化に踏み込みました。
活躍できる場を、スマホやソーシャルメディア、小説・映画・アート・マンガ・ゲームへと広げています。それと同時に、新しいステージの開拓、新大陸の造成に向かっています。

それは「パブリック」の領域です。
1.地方創生、2.教育、3.ソーシャルビジネスなどの、本来は国や自治体が進めるべき社会インフラの構築。
グローバル化と並ぶ、挑戦です。
グローバルは10-20年、そしてパブリックは100年かけて進めるテーマです。

1.地方創生。
沖縄国際映画祭を10年、京都国際映画祭を5年続け、地域を賑やかにしています。全国47都道府県に「住みます芸人」を揃え、地域を活性化しています。赤字であっても継続し、根付かせています。

2.教育。
エンタメ人材を育成するため、沖縄ラフ&ピース専門学校を開校しました。学校法人を設立しての教育への本格参入。立命館大APUや近畿大学とも提携しています。ぼくが準備するi大とも提携します。

一世紀「人」でやってきた企業が、いよいよ「人」を育て、お笑いからより広いジャンルをカバーします。大崎社長は沖縄国際映画祭を「100年続ける」と宣言し、社内外を慌てさせましたが、本気です。
第10回沖縄国際映画祭&あそぶガッコ

3.ソーシャルビジネス。
ノーベル平和賞ムハマド・ユヌス氏とともに「ユヌス・よしもとソーシャルアクション」を起こしました。地域の課題をITなどで解決していく。住みます芸人とIT企業、シェアエコ事業者、大学などとをマッチングします。社会起業です。

これは国連のSDGsとも連動する施策。SDGsという地球規模の課題に向け、芸人がわろてんか行動をする。面白くもマジメなプロジェクトです。
ユヌス・よしもとソーシャルアクションが始まります。

これらいずれも利益を見込めないというか、ハナから利益を追っておらず、とても上場企業では踏み込めない、未踏の領域です。

ただぼくはこれこそ日本が進む方向の線上にあるステージだと見ています。
それは脱・資本主義、脱GDPで、みんなのハッピーを共有する世界観です。

軍事の50年はとうに去り、経済の50年も去ります。
少子高齢化やグローバル化は避けられません。
経済第一で自らの成長を目指す時期を超えて、成熟し、世界の中で生きる。
その背景にはITとAIがあります。

ITは情報の民主化と経済の効率化を極限まで進めました。
タダで便利にあれこれできるようになりました。
モノの生産・消費はシェア経済、コト消費に移り、そしてみんなハッピーです。
そのメリットや効用はGDPには反映されず、経済としてカウントできません。

これからはAIが仕事をこなしてくれます。
超ヒマ社会が到来します。超エンタメの時代です。
遊ぶように働きます。時間やスキルをシェアして何足ものわらじをはきます。
働き方革命より遊び方革命が起こります。

みんなで生んで、共有して、楽しむ。
明確な像はまだ描けていないけど、資本主義や経済成長の先に、「人」を中心にした次の豊かさが広がる。
それは経済から文化の時代へ、という切り口よりうんと広い、文明の転換、とでもいうような。
そんな世界を吉本興業は見据えているように感じます。

一つのゴールがSDSs。
そこへの道のり・解決策がユヌス・ソーシャルアクション。
その具体策としての学校運営、町おこし、住みます芸人。
もちろん形はこれからです。ジャンルも教育だけでなく、医療、農業、金融などへの広がりも考えられます。

メセナやCSRではなく、本業としてやっている点が重要です。
でもそれは吉本興業が本来、巨大なソーシャル企業だからできることなのです。
6000人もの芸人たちがカネよりもリスペクトといいね!を求めてひとびとをハッピーにすることが生業だからです。

6000人の芸人が吉本興業の最大の資産ですが、契約関係で縛るものではなく、約束・信頼でユルくつながっているだけ。社交クラブなのです。吉本はバーチャルな存在です。信頼のみで貸し借りするユヌスさんのグラミン銀行と似ています。

彼らの多くはお笑いだけでは喰えず、三足四足のわらじをはく。
AI時代の働き方を先取りしています。
吉本興業は、そんな彼らにチャンスと居場所を与える。
それが舞台であり、TV番組であり、ネットであり、住みますであり、ソーシャルアクションです。

吉本興業のもう一つの資産は、お笑いのファン、ないしフォロワー。
特に関西では、朝も昼も晩も画面にお笑いさんが現れ、ボケてツッコみ、そのリズムが社会の基盤をなしています。

「な~んにも残らへん」新喜劇は、役に立たないぶん、日々に溶け込み、強固なレガシーとなっています。

な~んにも残らへん巨大な新喜劇はレガシーとなるか

芸人とフォロワーからなるコミュニティが、お笑いだけでなく、社会全体の課題に向き合い、人を育て、おもしろくする。
その目標は利益でも売上でもなく、芸人が活躍すること、みんなが笑うこと。
本気でそれを考え、実行する。吉本興業は本気でそれを目指している、とぼくは思います。

テレビからデジタルへの50年、そしてパブリックやソーシャルの100年。
吉本興業の幹部は「カンだけで100年やってきた」と言います。
過去のカンは、かなり正しかった。
現在のカンも、かなり正しい、と思います。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。