ゴーン元会長事件 有罪と無罪を分けるものは何か? --- 沖 隆一

寄稿

カルロス・ゴーン元会長の金融商品取引法違反事件の最大の争点は,元会長の役員報酬の不記載が有価証券報告書の重要な不記載(開示義務違反)か,という1点に集約できる。本稿では,この争点について,金商法・会社法の解釈という側面から、有罪と無罪を分けるものを明らかにしたい(なお本稿では、紙幅の制約から,「重要性」の論点は扱わない)。

日産サイトより:編集部

報道によれば、元会長は、株主総会での取締役報酬を約30億円とする総額の承認決議に基づき、年間20億円の報酬を受領していたが、 2010年の企業内容等開示府令の改正(年間1億円以上の連結報酬等の個別開示を義務付けた)後は、年間の受領額を10億円に減額し,未払いの10億円を退任後に顧問料等の「名目」で受けとることにして、これを8年間繰り返していたという。

府令が開示を義務付ける取締役報酬は、「職務執行の対価としての財産上の利益」であって、(1)「最近事業年度に係るもの」,及び,(2)「最近事業年度に(ア)受け」、又は、(イ)受ける見込みの額が明らかになったもの」である(記載上の注意)。

会社法による事業報告の開示(報酬の総額のみ)の要件も同じで、その解釈には立案担当者の論文もある。それによれば、(1)ある事業年度と客観的に対応する報酬は,額が判明している限り、その事業年度に開示義務がある。(2)ある事業年度と対応関係が分からない報酬(退職慰労金等)は、(ア)受領し、又は、(イ)支払予定額が算定可能になった事業年度に開示義務がある(過去に開示済みの報酬は除外される)ということになる。従って、ある事業年度との対応関係が明確である限り、額の確定した報酬は、実際の支払時期や「支払の見込み」を問わず,その事業年度に開示義務があるということである。

これに対して,退任後の顧問等としての報酬は,取締役の職務執行の対価ではないため、開示義務がなく、このことは、金融庁のパブリック・コメントでも明らかされている(リンク先の項番80)。

元会長が、減額分の報酬を退任後に受領するためには、2つの方法があった。

一つは、各事業年度に未払いの報酬額を確定し、これを退任後に受領することである。

もう一つは,各事業年度の報酬額は減額するが、退任後に顧問やコンサルタント等に就任し、一定金額の顧問料等を受領することを在任中に合意しておくことである。

前者は開示義務があるが,後者は開示義務はない。このため、実際には、退任後の顧問・相談役等の報酬を前提に取締役報酬の金額を決め、取役役報酬の後払いの役割を持たせることが行われており、投資家による会社のガバナンス評価という府令の開示目的からの批判がある。

しかし、長期10年の懲役刑を発動する構成要件の解釈としては、両者は厳格に区別されなければならない(これを是正するには、府令を改正し、取締役が退任後に受領することが合意されている財産上の利益も開示対象に含めることが必要である)。

内密で保管されていたという覚書は、いかに評価すべきか。元会長が、自らの未払い報酬額を決めたものと見るのか、それとも、退任後に顧問等に就任し、その報酬額を合意したものと見るのかで、結論に与える影響は逆になる。「雇用合意書」という題目であれば、後者を意識して作成されたように思える。

また,日産自動車の会計処理との整合性はどうか。未払い報酬額があれば、各事業年度に費用計上し、未払金として負債計上する必要性がないのか。これがなければ、未払い報酬が認識されていないか、あるいは、元会長ら主導の80億円もの粉飾経理があり、これ自体が有価証券虚偽記載ということにならないか(立件されるのか?)。退職慰労金やストック・オプションでは,当期の引当金繰入額や費用計上額を開示すべきとされており、会計処理との整合性が、事業年度との客観的な対応関係に影響を与える可能性がある。

そもそも、元会長の決定に法的有効性はあるのか。代表取締役は,取締役会から再一任された報酬配分権限を忠実義務に従って適法に行使しなければならない。

グレッグ・ケリー元代表取締役らの限られた側近との間で、開示義務を免れるために、自らの未払い報酬額と退任後の受領を決めれば、日産には、有価証券報告書の虚偽記載による課徴金、両罰規定の適用等の重大な結果を引き起こすのであり、忠実義務の違反にとどまらず、有効性にも疑問が残るのではないか。

もっとも、法的拘束力は絶対的な要件ではないが(退職慰労金も株主総会決議という条件付である)、日産が、元会長に対する80億円の未払い報酬の支払義務の存在を否定すれば、事業年度と客観的な対応関係にある報酬の存在の根拠を失う事態となる。

このように、本件の争点は、金商法(実質的には会社法)の微妙な解釈問題に他ならない。退任後の顧問等として、80億円もの巨額の報酬を支払うことの確実性や対価性は非常に疑わしく、未払いの報酬額を仮装したものに過ぎないというのが特捜部の見方であろう。

しかし、今日でこそ批判が強い顧問制度ではあるが、元会長が退任後も日産に影響力を維持しているとの想定の下に、開示義務を回避する方法として、敢えて、顧問料等としての支払いを選択した可能性はあるように考えられる。激しい攻撃防御が予想されるが、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の基本原則に基づいた慎重な判断が求められる。

沖 隆一   弁護士(沖総合法律事務所)
京都大学法学部卒業、米国バージニア大学ロースクール(LL.M.)修了。株主総会及び取締役会運営指導、組織再編及び提携、株式公開支援、役員の責任,事業承継等の企業法務を扱う。法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会委員。
沖総合法律事務所サイト


Wikipediaより:編集部

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